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2008*12*17 Wed
16:49

エピローグ

その後、元に戻った皆は何事もなかったように練習に取り掛かった。いつの間にか時間が大幅に過ぎていたことについては皆不思議におもっていたようだが。もちろんそれを智晴と秋乃が説明することはなかった。
そして、エルトの願いどおり二人で本を焼却した。もちろん本は簡単に跡形もなく燃やすことができた。
あの事件から数日が経った後、文化祭にて演劇と聖歌隊は無事大成功を収めることができた。
一番好評だったのは言わずと智晴と王の一騎打ちのシーン。
時間に換算するとわずかだが命を賭けた実戦を行ったことは大きかった。理由はそれだけではないのだが。そのためか皆はあまりの迫力に目が離せなかったという。自分では練習したとおりにやっただけなのだが、好評ならばそれでよしとした。

夜。これまでの出来事を思い浮かべながら、智晴は後夜祭のキャンプファイアーを真っ暗な教室で眺めていた。
「電気ぐらいつけなよ」
秋乃が扉をあけて教室に入ってくる。夜の防寒対策のためか上にカーデガンを羽織っていた。
「なんとなく居づらくて」
視線をキャンプファイアーから逸らさず苦笑いを浮かべる。
今他の空き教室で打ち上げをしているのだが、始まる前に逃げてきたのだった。
「まあ、蓮ちゃんのことは残念だったね」
「う……」
直りきっていない傷を抉られた気分。なるべく考えないようにしていたのに。
蓮が誰を好きなのか知りたいという智晴の願い。知りたかったことは知れたのだが、それは智晴が満足するような答えではなかった。
「まさか犬とは……」
ぷぷぷ、と秋乃が笑いを堪える。
智晴が蓮に尋ねたところ、パトラッシュは蓮の飼い犬だということが分かった。
「笑い事じゃないよ!」
泣きたくなった。まさか他の男ではなく犬に負けるとは。飼い犬を異性よりも溺愛する人がいることは知っていた。けれど、それが蓮でなくてもいいのではないか。
「そのうちもっといい人見つかるかもしれないじゃん」
「誰のことだよ……?」
涙目になりながら智晴が尋ねると秋乃はさあ?と笑顔で肩をすくめる。
やっぱり、おちょくられているようだった。
「あ」
「何だよ?」
秋乃が一歩ずつ智晴へと近づいていく。一歩、また一歩ゆっくりと歩みを踏みしめるように。
「まつげが目に入りそう。取ってあげるから目閉じて」
智晴の目の前で立ち止まると顔を覗き込む。
「なんだよ急に」
「いいから」
少し気恥ずかしくなりながらしぶしぶと目を閉じる。
「いい? そのままだよ」
秋乃の左手が智晴の顔に触れる。その手はなぜか冷やりとしていた。
顔をもっと近づけているのか秋乃の吐息がかかる。
「なあ、まだか?」
「まだ、そのまま」
秋乃の顔がいったん離れ、なにやら深呼吸らしき音が聞こえてくる。
ほんとうに一体なにがしたいのやら。
再び秋乃の吐息が顔にかかる。
しばらく待ってみるが手が目に触れる気配は一向にない。
それよりもこんな暗がりでまつげなど見えるのだろうか。
もう一度口を開こうかと考えたとき。
不意に目ではなく唇に何かが触れた。最初は指が口に押し当てられたかと思ったがそれよりも柔らかな感触。
薄目を開ける。
「……!!」
眼前に、本当の意味で眼前に秋乃の顔があった。
キスを、されている。
顔が熱くなる。暗いため気づかれることはないだろうが、確実にゆで蛸のように赤くなっているはずだ。
秋乃が顔を離す。
「勘違いしないでよね。べ、別にキミのことなんてなんとも思ってないんだから。そう、今日までのお礼よ、お礼」
ここでツンデレになる意味がさっぱりわからなかった。
「あ、あのさ―――」
意を決して口を開いた瞬間、
「おい、智晴いるか?」
まるで見計らったかのように教室の扉が開かれた。
最低最悪のタイミング。
「あれ、もしかしてお邪魔だった?」
「大丈夫よ、秀吾君。もう用はすんだから」
そう言うと秋乃はすたこらと教室を出て行った。
「俺タイミング悪かったか?」
「最悪だった。なんかどっと疲れた感じ」
体をだらしなく脱力させ、イスに座る。
また問題が一つ増えた。
「あー、もう!」
イスから勢いよく立ち上がり、秋乃を追いかける。
「やれやれ……」
秀吾も呆れたように智晴を追いかける。


この出会い、体験したこと、学んだこと、それらは後、少年少女の人生を動かすことになる。
それはまだ知りえないこと。
これからの人生の中でどんな真実を選び、見つけていくのかは自分次第である。

では進もう。自分のまだ見ぬ真実を探しに―――
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*

2008*12*15 Mon
21:53

終結、そして日常へ

「ようやく手に入った……。本物の、本物のエルトの魔道書が!」
エルト、それがあの少年の名前なのだろうか。
本につけられた名称だけなのかもしれないため確証のほどはない。
「え……る……と……」
自分でも気づかないうちに微かだが口が動いていた。
「これで私の願いが叶う……。ああ、やっとあなたを蘇らせられる」
本を抱きしめながら歓喜の涙を流す。
「残念ながらその願いは叶わない」
体育館に二人とは別の幼い声が響き渡る。
その声に反応するかのように本がかつてない輝きを発する。
「な、なんだ!」
深唖は予想外の出来事に動揺を隠せず本を取り落とす。
落ちた本からは尚も光を放ち続け二人を覆い尽くした。光の中で目を開けていられなくなった智晴は気絶覚悟で目を閉じた。
しばらく目を閉じていた後、光が治まったのを感じ薄目をあける。
「あ……」
目の前に小さな足とその手に持った紫色の本が見えた。
「一体何処から! 本を返せ!」
深唖の叫び声が響く。
「もう体動かせるよ」
幼い男の子とも女の子ともとれる声が智晴にかかる。促されるまま体を動かす。傷が跡形もなくなっている。それに疲弊しきっていたどころか筋肉痛すら感じなかった。そのまま体を起こす。
「お待たせ、おにーさん」
「は、ははは」
言葉にならないうれしさがこみ上げてくる。待ち遠しかった希望が今目の前にいる。
やはり少年の名前は『エルト』で当たっていた。深唖が本の名前を言わなければ分かることはなかった。運が味方してくれたといってもいい。
「お前……、本の意識体―――」
「そうだよ深唖。さすがだね、魔力だけで存在が分かるなんて」
エルトとは違い深唖の口調は最初と比べるとかなり変化している。完全に余裕を失い素に戻っているのだろう。
「けどそんなことは関係ない。私はお前を屈服させるだけでいい。そうすればお前の力は私のものだ」
深唖の右手が動く。
智晴と戦ったときには使わなかった武器、銃を太もものホルスターから取り出した。銃器系のことはさっぱりなので名前は分からない。
銃を突きつけられてもエルトは身じろぎ一つせず平然としている。
「そんなもので僕に勝てるとでも?」
「知ってるよ。お前は私たち人間に手出しできない。」
安全装置を外しエルトの額へと銃口を押し当てる。
「僕のルールを知ってる?」
「あれは私が勝手に書き加えただけのものだ。お前とはなんの関係もないだろう」
ということはあのルールに従わなくても願いが叶ったということか。今日の朝までの緊張感を返して欲しかった。
「違うよ。初めから決められたルールというものはちゃんと存在するんだ」
エルトが額に当てられた銃口を握る。
「ルール0、非道な手を使い我を手に入れんとするものを罰する」
深唖の顔を汗が伝う。
個人の願いをいともたやすく叶えてしまう本である。子供の姿をしていようと関係ないのだ。
少しでも気を抜けば間違いなく敗北する。
突如、深唖が握っている銃から煙があがる。
「……っつ!」
素早い反応で銃から手を離そうとする。もう遅い。そのまま手の中で銃が暴発した。
「きゃあ!」
爆発と弾けた破片が深唖を襲う。手に重度の火傷を負う。もう現段階で右手を使うことはできないだろう。
「もう集中力が切れて力は使えないよね?」
「魔法が使えなくても武器はまだある」
使えない片手でエルトを突き飛ばす。やはり子供の体では大人の力には敵わない。
エルトを目で追った智晴は途中、エルトの奥、舞台の上で何かが動いたのを見た。
深唖が足につけられたホルスターからもう一つの銃を取り出す。
「これで本当にチェックメイトよ」
智晴へと銃口を突きつける。
至近距離のため抵抗しようとも深唖が引き金を弾くほうが早い。
それでも、自分達は負けない。全てはここで決する、そう直感的に悟った。
それはすぐに、この場にいる全員に生まれた誤算から織り成された。
まず智晴の誤算は頼りのエルトが力負けをしたこと。油断が今の危機的状況が生んだ。
「ふ……」
智晴は自分に対し、呆れたような笑みをこぼす。
「何がおかしい―――」
途端、深唖の視界の端に小さく何かが入り込む。
「くっ……!」
深唖はすかさず反応し、思わず体と共に銃口を智晴から逸らしてしまう。
飛んできたのは一本の木彫りのナイフだった。だがそれは深唖に届くことなく重力に負け途中で地面に落下した。
深唖の体が停止する。
それを見て取った一瞬のうちに智晴とエルトが動いた。
「おらぁ!」
「縛れ」
智晴が床に落ちていた小道具の剣を拾い上げ、銃を深唖の手から弾きとばす。
エルトは智晴に続く形でロープを出現させ、深唖の両手両足を縛りつける。
「ナイスアシスト」
智晴が舞台へと声をかける。
すると秋乃が体を抱きながらよたよたと舞台袖から現れた。
これが深唖の誤算。秋乃はすでに盤上から降りていると判断していたため、再び現れると予期できなかったのだ。
「ゆっくり寝ていたかったんだけどね……」
秋乃の誤算は戦闘途中で目が覚めてしまったこと。結果としてそれが逆転の決め手となった。「これでチェックメイトだ」
深唖に言われたことを嫌味を含みつつ智晴がそのまま言い返す。
「まだ終わっていない……」
縛られた状態で抵抗する手段は限られている。魔法を使うしかないと簡単に想像できた。
だが、それもエルトの前では意味を成さないのではないか。
それを理解しながらも抵抗の意思を見せているとすれば。間違いなく自分と同等の力ということになる。
深唖の切り札と何か、それは―――。
体育館に風が吹き荒れる。
「ローザ・シルヴァンか!」
「正解です……」
穴の空いた天井から深唖の側へローザが飛び降りる。普通の人間なら無事では済まない高さだ。本当に魔法というものは何でもありだと実感する。
「ローザ、早くこいつらを始末しろ!」
自らの力を使い自分の腕を縛っている縄を解いてゆく。
「…………」
ローザは深唖の命令に機械のように頷き、落ちている銃を拾う。
「しまった……」
主さえ押さえれば従者は動かない。そう高を括っていた。
再び危機的状況に陥る。今度ばかりは覚悟をした。いくらエルトであろうと二人がかりの魔法には対応しきれないだろう。
「……?」
ローザは動かない。智晴を威嚇するどころか視線さえ向けていない。この場にきたときからずっと深唖を凝視し続けている。
「何をしてる、早くこいつらを―――」
渇いた銃声が体育館に響いた。
「なっ……」
「嘘……」
智晴が驚愕の声をあげ秋乃が口元を押さえる。形勢逆転の危機かと思われた矢先のありえない出来事。ローザが深唖を撃ったのだ。
「がはっ……、馬鹿な……人形風情が……」
「もうやめましょう深唖。これ以上は無意味です」
弾が貫通しているのか深唖の体を中心に床が鮮血に染まっていく。
この出血量ではもう助からない。それを悟りながらも本に対する執着心を見せた。
「エルト……の魔道……書は……私の……もの……だ」
精一杯手を伸ばし、床を這いつくばっていく。動くたびに血の海が広がっていくことなどお構いなしに。
「よせ、もう動くな!」
智晴が静止の声をかける。
それでも深唖は聞かず、エルトの元へと這っていく。
さらに血の海が広がる。
智晴がたまらず顔を逸らす。これ以上は見ていられない。人が死ぬところは誰であろうと見たくなかった。
「がふっ……」
口から血の塊を吐き出し、とうとう深唖の動きが止まる。
エルトが深唖の側へと近づき、
「深唖、君の願いはどんなことをしても叶わない、僕の力を使ってもだ。それは君が一番よく理解しているんじゃないか?」
穏やかな口調で問いかけた。
深唖の願いは『死んだものを蘇らせる』こと。それは誰しもが願うことであり、誰しもが叶えられなかったことである。いくら魔法とはいえ、この世の理に反していることは実現不可能なのである。
「あは、あははははははは!」
突然深唖が半狂乱の笑い声をあげる。どこにそんな力が残っていたのか、エルトの体を掴み立ち上がった。
だが、それもつかの間。すぐに力なくエルトへもたれかかる。
「これが私の真実か……」
最後に一言呟き、深唖が動きを止めた。
「よい夢を……」
エルトが血に染まった深唖の髪を優しくなでる。
「君も、もうおやすみ」
深唖の肩越しにエルトがローザへと声をかける。
その声に頷くと、機械仕掛けの人形のねじが切れたようにその場で崩れ落ちた。
崩れた先からなんと歯車やネジ、バネなどが散らばる。
深唖が口にした人形とは言葉通りの意味だった。
ローザ・シルヴァンとは人間ではなく深唖が作った機械仕掛けの人形そのものだったのだ。
その様子を確認した後、エルトが手を掲げ何かを呟く。
すると、深唖やローザ、その二人に関連するもの全てが光の粒となって消え去る。そしてこれまでのことが嘘だったかのようにボロボロだった体育館が元の姿を取り戻した。
「大丈夫、皆もじき元に戻るよ」
そのことについては心配していなかった。ローザを見て、深唖がいなくなったことで皆にかけられた魔法が解かれると確信していたからだ。それよりもこの事件の核心に迫ることが気にかかっていた。
「君は本物なの?」
「答えはイエスでもありノーでもあるよ」
「どういうこと?」
秋乃が涙で頬を濡らしながらこちらへやってきた。やはり秋乃にとっても衝撃的な出来事だったのだろう。だが、秋乃も智晴同様に体や制服の傷が跡形もなく治っていた。
「僕はオリジナルの写本なんだ。それでもオリジナルと同様の力はある」
「でも、それじゃあ……」
「うん。火をつけたら当然燃えちゃうね」
深唖はエルトが本物だと思い込んでいた。その理由は自分が提示した条件を全て智晴が行ったと信じ込んでいたためだ。一方ローザは智晴から本は燃やしていないという事実を知り贋物かもしれないという可能性を考えた。それがローザの誤算。
もし、本が深唖の手に渡り贋物だと分かれば計画は失敗に終わる。普通ならばもう一度やり直せばいい。
しかし、これまでの深唖の言動や行動を見る限り精神が壊れかけているのが分かる。
そのため、深唖の心だけは守ろうと最後は自分の手で幕を下ろしたというわけか。
「おにーさんにお願いがあるんだ」
「何?」
願いを叶える存在からの頼みとは驚きだ。
「僕がおにーさんの最後の願いを叶えたら……、僕を燃やしてくれないかな?」
普段なら本を燃やすだけのことだと、何も思わず実行できるだろう。
今回は違う。今回は意志を持ち今もなお目の前にいる存在そのものを消すことになる。そんなことができるはずがない。
「僕はこの世界にあってはならない存在なんだ。それを分かって欲しい」
おそらくこれは願いを叶え続けてきた者の最初で最後の頼み事だろう。彼の気持ちを汲んでやるのなら無下にはできない。
「……わかった。今まで、ありがとう」
「こちらこそ。それじゃあ願いを叶えるよ」
エルトが本を智晴に渡す。智晴がそれを掴むと本から光が放たれ三人を包み込んだ。
目の前からエルトの姿が徐々に消えていく。短い付き合いではあったが彼はもう、友達だった。
光が納まるとそこにはもうエルトの姿はなかった。
「見てみようよ」
秋乃が智晴を促す。
「そう、だね」
智晴が一ページずつ本を捲っていく。やはりほとんど何も書かれていない。この作業も今回で終わりかと考えると惜しくなってくる。
何ページか捲っていくとこれまでとは違う斜体で文字が書かれているページに辿り着く。
そこに書かれていたのは―――
「……パトラッシュ?」
「犬……?」
これが蓮の真実だった。
*

2008*12*14 Sun
23:03

最終戦(3)決死

それでも人質だからか氷付けになった生徒は無事であった。
「遅かったですね。もうこっちは終わっちゃいましたよ」
中心部に深唖が髪を掴んで秋乃を持ち上げていた。
「秋乃!」
叫んで名前を呼ぶが秋乃はぴくりとも反応を示さない。持ち上げられた状態で手足をだらしなくだらんと垂らしているだけだった。
「大丈夫、まだ死んでいないですよ。それより本は?」
「……ここにある。まず秋乃を放せ」
智晴が本を見せるために頭の上へ掲げる。すると深唖は秋乃の体を宙へ浮かし、智晴のいる舞台下へと移動させる。
それを見て舞台から飛びおり秋乃の元へと駆け寄った。
「秋乃!」
抱き起こすと秋乃は暖かく、しっかり呼吸をしているのが見て取れた。
だが、服のところどころが破れており軽くではあるが出血している。見たところ大事には至っていないようだが早く医者に見せなければ感染症にもなりかねない。
気休め程度にしかならないが智晴は学生服の上着を脱ぎ、秋乃の体にかけてやる。
「紳士ですね。じゃあそろそろ紳士的に本を渡してもらえませんか?」
「もしまた僕が断ったら?」
「そのときは秋乃さんと同じように実力行使、と言いたいところですが……」
なぜかそこで深唖が言葉を濁らせため息をつく。
「あなたにはまだ本の加護が残っているかもしれないんですよ……」
あくまで可能性ですが、と付け足し面倒そうにため息をつく。
本の加護というのがどのようなものかは知らないがこれで多少の無茶をしても深唖は迂闊に自分へは手は出せないと分かった。
それなのに不安が募る。なぜこのタイミングで智晴が有利に働くことを言うのか意図が掴めなかったからだ。
「なのでやはり人質を使わせていただきます」
やはり人質を有効に使ってきた。だが人質を使われたときの対応策ならば大体考えてある。
人質に手を出すのならば本を破り捨てる、とでも言えばいいのだ。これで破棄できるかの保証はないがどうしても手に入れたいものなら何かしらの行動をとるはずである。
「そうそう。体育館控えに明野蓮さんはいましたか?」
「どういう意味だ?」
こういう意味です、と深唖が体を横に逸らす。
「明野……」
さきほどまでそこにはなかった蓮の姿が現れた。だがこちらは氷付けにはされてはいない。だが気絶しているのか秋乃同様ピクリとも動かなかい。
しかし、部室での考えとは違い、今はやはりかという気分だった。
「さあ早くこちらに本を」
ここで智晴へのジョーカーである蓮を使ってきたということはそろそろ万策尽きてきたということか。
自然と笑みがこぼれる。
「……何がおかしいんです?」
「いや、別に。人質なんて僕にはさほど意味のないことだからさ」
きっと深唖には強がっているだけのハッタリをかましているように見えているだろう。
しかし、智晴にとって人質が意味を持たないのは本当だった。
「蓮さんがどうなってもいいとでも?」
「明野に手を出したら容赦しないよ」
智晴から深唖へとまるでナイフを突きつけたような冷ややかな視線が向けられる。
普段の智晴からは考えられないような眼差しだった。
「あ、あなた……」
急に深唖がたじろぐ。
「寒くないからかな。妙に頭が冴えるんだ」
そう言いながら舞台から飛び降りる。飛び降りた際下に散らばっているガラスが靴の裏に刺さるが気にしない。そのまま真っ直ぐ深唖の元へと歩いていく。
口元からは笑みがこぼれている。
「まさか……」
智晴が一歩近づくにつれて深唖は一歩後退していく。だが、何歩か後退した後深唖は足を止め邪悪な笑みを浮かべ直す。
「本の力を使ったね。うふふ、あはははは」
「なにが面白い?」
自分の中の急激な変化に疑問を持っていたが深唖の言葉で納得する。
この最悪の状況下で力を与えるとは味なまねをしてくれるものだ。
「いや、やはり何かをするに当たって障害がないと面白みがないと思ってね!」
深唖が手で空中を薙ぐ。すると深唖の周囲に落ちていたガラスが数十枚ほど宙に舞い上がる。そして、次の瞬間には智晴目掛けて猛スピードで放たれる。
「……ふっ!」
大き目の危険視されるガラスだけを手元にある唯一の武器ともいえる本で素早く叩き落す。
これだけ体を動かせば筋肉痛に響くはずだが不思議と痛みはなかった。
「あははははは、やるじゃない!」
深唖の笑みが徐々に邪悪なものから狂喜じみたものへと変化していく。
「どんどんいくよ!」
言うのが早いか智晴は深唖へと全力で距離を縮めた。
「!」
飛んでくるガラスに逆らって突進してくるとは思わなかったのだろう。深唖は一瞬動きを止めた。
この魔法使いが始めて見せた隙である。それを今の智晴が見逃すはずがない。そのまま勢いに乗り渾身ともいえる飛び蹴りを深唖の腹部へとお見舞いした。
「がはっ……」
その衝撃で深唖の体が吹き飛ぶ。
誰かに見られたら軽蔑の眼差しを向けられそうだがそんなことに構っている余裕はない。
「っとと……」
着地に成功したはずなのに足がよろける。それと同時に極度の疲労感が智晴を襲う。いくら筋肉痛のため万全の状態でなかったとしてもこの疲労は考えられないほどだった。
それでも深唖を取り押さえようと足に力を込める。
「もう体にガタが来てるね」
仰向けに寝そべっている深唖が智晴のコンディションを言い当てた。視界に入ってきていないのにもかかわらずである。ということはあらかじめ予想ができていたということか。
「さあ、どうかな?」
「じゃあこれは受けられる?」
深唖は寝そべった状態のまま今度は氷の刃を空中に出現させガラスの破片と共に智晴へと放った。
一度目とは違い、見ただけでも倍の数に増えていることを認識する。だが頭はまだ冴え渡っており、それら全ての通過予測をすることができた。
それを苦戦しながら同じように本で叩き落す、はずだった。
「が……!」
頭で出した指令に腕の速さが全く追いつけなかった。結果、辛うじて腕で覆えた顔以外攻撃が直撃した。
体のところどころから痛みと熱を感じる。
「ほら、やっぱり無理だったでしょ」
いつの間にか立ち上がっていた深唖が心底面白くなさそうな顔をこちらに向けていた。
ほら、ともう一度氷の刃を放つ。
「……っ!」
思うように体を動かせない智晴はそれもまともに受け、声にならない声をあげる。
腕の隙間から体の状況を窺うとやはり服の表面が凍りついている。また破片が体のあちこちに刺さっており、そこから血が流れていた。
寒い。服が凍り付いているせいか、流血のせいかは分からない。だが体温が下がっていくのを感じた。
体からガラスを引き抜く。抜くことで出血量が増えてしまうが構わない。
「そんなことしていたら本当に死ぬよ、いいのかな?」
なぜ自分がこんなになるまで戦っているかが疑問だった。
早く本を渡してしまえばいい。そうすれば自分も秋乃を含めた他の皆も助かるかもしれないのに。
「あああああああああ!」
体から引き抜いたガラスの破片を最後の力を使い両手で次々と投げつけた。
意味がないことは分かりきっている。それでも一矢報いたかったのだ。
やはりほぼ全てのガラスは命中することはなかった。その中の一つを除いて。最初に投げたものだけは途中で砕け散り深唖の頬に傷をつけたのだった。
「くっ……」
そのうち立つことすら不可能になり膝を着く。そしてうつ伏せに倒れこんだ。
意識はまだ辛うじてあるものの体が全く言うことを聞いてくれない。
「体が魔法に慣れていないための結果だよ」
深唖の足音がだんだん近づいてくる。
「でも最後のほうはなかなかスリリングだった」
視界の端のほうで深唖が投げ出された本を拾っていた。
最後の希望が……潰える。
*

2008*12*13 Sat
00:21

最終戦(2)覚悟

限界を感じ智晴が手を動かそうとしたときだった、
「うりゃぁぁぁ!」
秋乃の叫び声とともに智晴の体が宙に舞い、そのまま地面へと落下しそのまま床を滑っていく。それと同時に気管の圧迫から解放され激しく咳き込む。
「秋乃……。助か―――」
智晴が喉を抑えながら体を起こす。すると、秋乃が深唖の上に馬乗りになっている光景が目に入った。どうやら体当たりで智晴を助けた後そのまま押さえつけることに成功したようだ。
だが、当然深唖も抵抗しないわけがなく秋乃を上からどかそうともがいていた。だが秋乃は絶妙に両足で深唖の両手を封じているため思うように抵抗をさせていない。
だが、いつ状況が逆転するか分からない。今度は智晴が秋乃を助けようと足を踏み出す。
「来ないで!」
近づいてくる気配を感じ取ったのか静止をかけられる。
「けど……!」
「いいから! キミは本を取ってきて!」
確かに本の力を使えばこの状況を覆せる可能性が出てくる。しかし、それでは秋乃はどうなるのか、間違いなく無事では済まないだろう。
だが、ここで行かなければ作ってくれたチャンスをふいにしてしまうことになる。それだけは避けなければいけなかった。
「早く!」
「……っ!」
不安な気持ちを胸に押しとどめ智晴は部室へと走った。
「一人で私に勝てるとでも?」
深唖が苦しそうに唸る。体を上から圧迫されているのだ、さきほどの智晴程ではないにせよ多少呼吸がしづらくなっている。
「もしかしたらが起こるかもしれないでしょ!」
今度は秋乃が深唖の首を締める。
「ぐ……」
「さあ、皆を元に戻して!」
危険があるといっても今の状態では秋乃が優勢に立っている。このまま押し切れば勝つ見込みもある。
それもつかの間、
「は、あははははは! 舐めるなよ小娘が!」
ものすごい力が働き秋乃の体を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた秋乃はそのまま床を滑り、氷のオブジェにぶつかった。
そして、氷のオブジェは衝撃を受けたため音もなく崩れ去った。
「!」
幸いそのオブジェは舞台に使われる道具であったため大事はなかった。だが、もしこれが人間だった場合も同じようにくずれ崩れ去ってしまうのだろうか。
「まだ分かっていないようだね。常に優位に立っているのは私なんだよ。」
「だから? それでも時間をかせぐくらいならできるわ」
ゆっくりと起き上がり、戦闘態勢をとった。
元々秋乃は勝つつもりではなく時間を稼ぐ気でいた。時間を稼ぐといっても智晴が本を持って戻ってくるための時間ではない。それではすぐに本は奪われてしまう。そのため智晴が何かしらの攻略策を考え付き戻ってくるまでの時間を稼ごうと思っていた。自身に危険が迫ろうともあとは智晴に賭けるしかない判断したのである。
「行くよ!」
「来なさい。本が戻ってくるまですぐ少し遊んであげる!」
秋乃が突進していくのと同時に深唖が手を振りかざした。

智晴が頼みの綱である本を探そうと部室に無事入り込んだときだった。
「し、秀吾……」
まだ会議中は続いていたのか、秀吾は話し合い姿のまま氷付けにされていた。
さきほどとは違い、このようになった知り合いの姿を見ると心が折れそうになる。
「あれ……」
しかし、氷付けにされている人数が少ないことに気づく。
最初は六人で話し合いをしていたが途中で智晴と秋乃が抜けて四人での会議になっていたはずである。
だがそこには三人の姿しか見当たらなかった。
「明野が、いない……」
本来ならこの場で秀吾とともに話し合いを行っているはずである蓮の姿がなかった。
他の場所で皆と同じく氷付けのオブジェ化しているという可能性も捨てきれない。
だが、もしかすると偶然この場から離れることができたため難を逃れることが出来たのかもしれなかった。
そう思うと気がほんの少しだが楽になる。
「早く打開策を見つけよう」
無理やり気持ちを切り替えた智晴は本が入っている自分の鞄を探す。
だが、当然自分の鞄も氷付けにされているはずである。そのためまず氷を壊すところから始めなければいけないとため息をつく。
確か鞄はロッカーの中にしまいこんでいた、とロッカーの元に行き戸を開ける。
「ん?」
普通にロッカーを開けたが、そこでふと違和感に気づく。なぜこのロッカーだけ他と同じく凍り付いていないのだろうか。
その答えはすぐに出た。
「さすがは魔法の力」
中に入っている智晴の鞄から淡い光が漏れ出していた。もちろん光の元は中の本である。
原理や仕組み云々は置いておくとして、これでかなり時間の短縮ができる。
智晴が鞄を手に取り中から本を取り出すと発光が止んだ。
「新しいこと書かれてないかな……」
いつも光が放たれた後、何かしら新たな文字が現れていた。今回も状況が状況のために同じことが起こるのでは、と期待を込めてページをめくっていく。
だが、思いとは裏腹にどのページにも新しい文字は見当たらなかった。
「どうしたらいい……」
智晴の中に不安が駆け巡る。
実は手に取ったときからずっとこの状況を打開したいと願いを掛け続けている。
だが、一向に本が答えてくれる気配は感じられないのだ。
そして、新たな文字という希望も崩れ去った。
「やっぱり無―――」
頭を振った。
ここで諦めの言葉を言ってしまえば秀吾も蓮も、今頑張ってくれてる秋乃だって助けることはできなくなってしまう。
今までの自分。何事もすぐに無理と言ってしまう自分ではいけない、そう思った。
ここが踏ん張りどころなのだ。
「僕はなんとしてもやらなきゃならない」
自分の思いを言葉に変えて心を決めた。
刹那、ガッシャーンという耳を覆いたくなるほどの音が体育館から響き渡る。大量の照明やガラスが床に落ちて砕けたのだろう。
ということは、深唖が本気をだし始めたのか。
秋乃のことを考えると一刻の猶予も残されてはいなかった。
だが、今助けに向ったところで焼け石に水なのは明らかだ。
「くっ……」
考えれば考えるほど焦りに襲われ、正確な思考が出来なくなっていく。
心を決めたことは自分にとって大きな前進であった。だがそれだけではこの状況を打破することは叶わない。
「考えろ……、考えろ!」
思考を極限まで巡らせるよう自分に言い聞かせ、もう一度本に書かれていることを確認する。
しかし、時間を浪費するだけで答えは依然見つけられない。
ヒントとなるものはすでに確認している。昨日新たに現れたルールⅤ『我の助けを望むときは我の名を天に叫べ』だ。これはおそらくあの少年の名前を叫べということなのだろう。だが肝心な名前を知らないためこれに頼ることはできない。
「名前聞いとけばよかった……」
後悔しても遅いことは重々承知しているのだが本当に悔やまれることだった。
「おっと」
なぜか一瞬足元がおぼつかなくなった。
そして次の瞬間、部室全体が巨大な衝撃に襲われた。
周りは氷付けになっているため動くことはなかったが、智晴は抵抗する暇もなく床へと倒れこむ。
部室に巨大な揺れが伝わってきたということは震源ではここと比べ物にならない衝撃が発せられたということになる。
もう我慢は出来なかった。智晴は考えるより早く体を動かす。
部室を飛び出し舞台へと躍り出る。
「!」
目に入ってきた体育館の状態を一言で表すならば廃屋。それが正しい表現だろう。
智晴が今まで見てきたどんな体育館の姿とはとても似つかない状態にまで成り下がっていた。
案の定全ての照明と窓ガラスは落下し粉々になっており、一面氷が張っていた床や壁はすでに凍ってはおらず焼け焦げ、天井にもあちこち穴が開いているという有様だった。
*

2008*12*10 Wed
20:28

最終戦(1)真贋

智晴は逸る気持ちを抑えながら体育館へ向かう。すると正面扉の前で秋乃が呆然と立ち尽くしているのが見えた。
その姿は中でやっている部活の見学をしているかのようだった。
きっと過ぎた心配だったのだ。だからホッとして立ち尽くしているのだと無理矢理自分に言い聞かせた。実際はそんなことありえないことくらい理解している。だが、そうでもしなければ気が気でなかった。
「秋乃」
呼びかけだが、秋乃は扉の奥から目を離さず返答もしない。
いつの間にか震え出している足を引きずるように扉に近付く。
(……あれ?)
ふと冷気を感じた。例えるなら冷凍庫の中に入ったくらい感覚である。だが、普通に考えても体育館に冷房がついていたところでこれほどの冷気を感じるはずがない。
「まさか……!」
ありえない予想が頭を過ぎる。
秋乃の横から手を伸ばし扉を完全に開く。だが、なぜか普段はスムーズに開く扉がギィと音をたてた。
「嘘だろ……」
智晴の目に飛び込んできたのは一面凍りづけにされた体育館だった。それは氷が陽に当たり輝きところどころに置かれている氷のオブジェも同様の輝きを放っており傍から見るとても美しい様にも感じられる。
「オブジェ?」
自分の考えに違和感を覚えた。
そんなものが体育館にあるわけがない。智晴はたまらず中へと足を踏み入る。
そして、自分から正面の一番近くにあるオブジェへと足を取られながら近付く。
「あ……」
智晴が確認した氷のオブジェは劇に使うため作られた樹であった。
「そうだよな、いくらなんでもそれはないよな。おい、秋乃」
ホッとして声をかけると秋乃がこちらを指差した。
「え?」
智晴が自分を指差して目で確認すると秋乃は首を横に振り、
「……後ろ」
力なく言葉を発する。
後ろというのはこの木の後ろのことだろうか。
「……ひっ!」
思わず足を滑らせ転倒する。
死角になっていて気づかなかったが樹のオブジェの後ろにはもう一つ別のものが隠れていた。
そこには樹と同じく氷付けのオブジェと化しているリィシア学院の女生徒がいた。
嫌な予感が的中してしまったことに眩暈を覚える。
「違う! 連絡通路の上!」
さきほどとは違い秋乃が強張った声を張り上げ智晴の意識を引き戻す。
「通路……?」
智晴が立ち上がりながら恐る恐る視線を上に向けると、
「どうです、お気に召しましたか?」
主にカーテンや窓の開け閉めのために使われている連絡通路の手すりの上に桐生深唖が悠々と顎を両手の上に乗せ座っていた。
「お前……!」
この状況を作っておきながら全く非を感じていない深唖の態度に怒りがこみ上げてくる。
「ああ、心配なさらなくても皆さんちゃんと生きてますよ。それにしても放心して隙をみせるとはいささか無用心では?」
胸中で毒づく。智晴と同様に秋乃からも死角となっている樹の後ろは見えるはずがない。まさに落ち着かなければならない状況下で冷静さを欠いた結果であった。
「うるさい! 早く皆を元に戻せ!」
「元に戻して差し上げてもいいのだけれど―――」
深唖の体が不意に浮き上がり、
「―――あなたが私の頼みを聞いてくれたらの話しですよ?」
瞬時に智晴の眼前へと移動した。自らが望めば手を伸ばし深唖を取り押さえることだってできる距離である。いや、頭ではそうしなければいけないと分かっている。
だが、得体の知れない力への恐怖で体が動かない。
仮にここで手を出したところで魔法とやらを行使され皆と同じようになるのが関の山である。
深唖の手が智晴の肩へと伸び、それと同時に顔を近づける。
「私の狙いはもうご存知でしょう?」
「僕の持っている本だろ……」
「ええ、そうです。それを私に返してくれるだけでいいのです」
深唖が口を開くごとに冷たい息が首筋にかかる。
「何で一度手放したあの本を狙う?」
「逆に聞きますが。なぜ私があなたにあの本を渡したのか想像がつきますか?」
言われて初めて考える。確かに無償であのような特別な力を持ったものを他人に与えるはずがない。もっと早くに気がつかなかったことに後悔の念を抱く。
「分からないといった顔ですね。いいでしょう、教えて差し上げますわ。それは―――」
「実験、でしょ……?」
智晴の後ろから声が響く。落ち着きを取り戻したのか秋乃が扉をくぐりゆっくりと中に入っていた。
「私が思うにあれはキミが言っていた、『好きな子の気持ちがわかる本』ではないよ」
深唖が智晴から離れ、秋乃の言葉を聞く態勢をとる。
「たぶんあれは触れた人の願いを叶える本だよ」
「……?」
秋乃はただ智晴に課せられたペナルティーに巻き込まれただけのはずである。秋乃の本音を言いたいという願いは元に戻るため自分で叶えたに過ぎない。
では本当はどんな願いを抱いていたのか。
「私の願いは誰かと家で食事をすることだったから」
「家で食事……? そうか……」
すべてのパズルのピースが当てはまった。
智晴の願いは好きな女の子の気持ちを知ること。秋乃の願いは誰かと家で食事をすること。この二つの願いを同時に叶えるには二人の中身を入れ替えてしまえば手っ取り早い。前者は智晴の推測どおり同性に好きな子を聞くぐらい容易いことである。後者では『誰かと誰かの家で』という願いであって、『自分の家で誰かと』という願いではない。そのため秋乃が智晴の姿であって智晴の家族と食事をすれば願いが叶うことになる。
「じゃあ実験っていうのは?」
「うん。願いを叶えるといっても抽象的な言葉を完全に信用は出来ないでしょ。だけど願いの叶う経緯や結果を見ればやり方次第でどうとでもなるよね」
秋乃がそこまで言い終えると拍手が聞こえてくる。
「すばらしい。よくそこまで想像できましたね。ですが一つ訂正があります」
深唖が満面の笑みを浮かべる。だが今見るその笑顔は邪悪なものにしか感じられなかった。
「私が知りたかったのはその本の真贋です」
「真贋?」
秋乃が眉をひそめる。
「贋物でもある程度の願いは叶えられます。ですが効果の持続がないのですよ。それでは意味がないでしょう」
「それで彼が持っている本が本物だとでも?」
秋乃の問いに深唖が愉快そうに、そして邪悪に口を歪める。
「そうです。それが今も尚存在しているということが何よりの証拠ですよ」
さきほどプレハブ裏で聞いたローザの言葉を思い出す。
あの言葉を簡単に言い換えるならば本を燃やしたあと気味の悪いことが起きるということになる。
そして、それを深唖の言葉と繋ぎ合わせると、本は燃えずにそのまま残るということになる。
しかし、智晴は深唖の提示した解除後に本を燃やすという最後の条件をやっていない。
もしその方法が真贋を確かめるものであり、智晴の本が贋物であると分かったならば―――
「では、本を渡して貰いましょうか」
「断る、って言ったら?」
冷や汗が背中を流れていくのが分かった。
もし智晴の本が贋物であるとするならば全く交渉の材料にならなくなる。最悪の場合このまま皆を元に戻さずに去ってしまう恐れもある。
それだけは避けなければいけなかった。
「往生際が悪いですね」
ため息をつきながらするりと再び智晴へと手を伸ばす。今度も肩を掴むのかと思いきや腕は真っ直ぐ首を鷲摑みにする。そして笑顔のままゆっくりと力を込めていき気管を圧迫していく。
「あぐ……」
智晴が首を掴んでいる腕を引き剥がそうと必死に抵抗を試みる。しかし、どういうことか全力を出しているにも関わらずびくともしなかった。
「が……は……」
深唖の力がさらに強まっていく。このまま絞まり続ければ確実に呼吸困難を引き起こすだろう。そうならないように今度は爪を深々と突き刺し深唖の腕を傷つけながら引き剥がす努力をする。
だが深唖は痛みを感じないかのごとく顔色一つ変えず笑顔のままであった。
「早く言わないと死んじゃいますよ? もし言おうと決めたなら私の腕を二回叩いてください」
二回腕を叩くだけでこの苦しみから解放される。この状態ではとても甘い誘惑に聞こえ、心が動きそうになる。だが、そうすれば皆を助けられない。
(やば、意識が……)
呼吸がうまくできていないため意識が落ちそうになった。
意識が混濁しているせいか頭の中では自分が死んでしまっては皆を助けられない。
そんな自己防衛とも解釈できることしか考えられなくなる。
*
本日のオタク名言
何を信じてるかって?
自分を信じるしかないよね

Charlotte

by 西森柚咲
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雨宮 翼

Author:雨宮 翼
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