その後、元に戻った皆は何事もなかったように練習に取り掛かった。いつの間にか時間が大幅に過ぎていたことについては皆不思議におもっていたようだが。もちろんそれを智晴と秋乃が説明することはなかった。
そして、エルトの願いどおり二人で本を焼却した。もちろん本は簡単に跡形もなく燃やすことができた。
あの事件から数日が経った後、文化祭にて演劇と聖歌隊は無事大成功を収めることができた。
一番好評だったのは言わずと智晴と王の一騎打ちのシーン。
時間に換算するとわずかだが命を賭けた実戦を行ったことは大きかった。理由はそれだけではないのだが。そのためか皆はあまりの迫力に目が離せなかったという。自分では練習したとおりにやっただけなのだが、好評ならばそれでよしとした。
夜。これまでの出来事を思い浮かべながら、智晴は後夜祭のキャンプファイアーを真っ暗な教室で眺めていた。
「電気ぐらいつけなよ」
秋乃が扉をあけて教室に入ってくる。夜の防寒対策のためか上にカーデガンを羽織っていた。
「なんとなく居づらくて」
視線をキャンプファイアーから逸らさず苦笑いを浮かべる。
今他の空き教室で打ち上げをしているのだが、始まる前に逃げてきたのだった。
「まあ、蓮ちゃんのことは残念だったね」
「う……」
直りきっていない傷を抉られた気分。なるべく考えないようにしていたのに。
蓮が誰を好きなのか知りたいという智晴の願い。知りたかったことは知れたのだが、それは智晴が満足するような答えではなかった。
「まさか犬とは……」
ぷぷぷ、と秋乃が笑いを堪える。
智晴が蓮に尋ねたところ、パトラッシュは蓮の飼い犬だということが分かった。
「笑い事じゃないよ!」
泣きたくなった。まさか他の男ではなく犬に負けるとは。飼い犬を異性よりも溺愛する人がいることは知っていた。けれど、それが蓮でなくてもいいのではないか。
「そのうちもっといい人見つかるかもしれないじゃん」
「誰のことだよ……?」
涙目になりながら智晴が尋ねると秋乃はさあ?と笑顔で肩をすくめる。
やっぱり、おちょくられているようだった。
「あ」
「何だよ?」
秋乃が一歩ずつ智晴へと近づいていく。一歩、また一歩ゆっくりと歩みを踏みしめるように。
「まつげが目に入りそう。取ってあげるから目閉じて」
智晴の目の前で立ち止まると顔を覗き込む。
「なんだよ急に」
「いいから」
少し気恥ずかしくなりながらしぶしぶと目を閉じる。
「いい? そのままだよ」
秋乃の左手が智晴の顔に触れる。その手はなぜか冷やりとしていた。
顔をもっと近づけているのか秋乃の吐息がかかる。
「なあ、まだか?」
「まだ、そのまま」
秋乃の顔がいったん離れ、なにやら深呼吸らしき音が聞こえてくる。
ほんとうに一体なにがしたいのやら。
再び秋乃の吐息が顔にかかる。
しばらく待ってみるが手が目に触れる気配は一向にない。
それよりもこんな暗がりでまつげなど見えるのだろうか。
もう一度口を開こうかと考えたとき。
不意に目ではなく唇に何かが触れた。最初は指が口に押し当てられたかと思ったがそれよりも柔らかな感触。
薄目を開ける。
「……!!」
眼前に、本当の意味で眼前に秋乃の顔があった。
キスを、されている。
顔が熱くなる。暗いため気づかれることはないだろうが、確実にゆで蛸のように赤くなっているはずだ。
秋乃が顔を離す。
「勘違いしないでよね。べ、別にキミのことなんてなんとも思ってないんだから。そう、今日までのお礼よ、お礼」
ここでツンデレになる意味がさっぱりわからなかった。
「あ、あのさ―――」
意を決して口を開いた瞬間、
「おい、智晴いるか?」
まるで見計らったかのように教室の扉が開かれた。
最低最悪のタイミング。
「あれ、もしかしてお邪魔だった?」
「大丈夫よ、秀吾君。もう用はすんだから」
そう言うと秋乃はすたこらと教室を出て行った。
「俺タイミング悪かったか?」
「最悪だった。なんかどっと疲れた感じ」
体をだらしなく脱力させ、イスに座る。
また問題が一つ増えた。
「あー、もう!」
イスから勢いよく立ち上がり、秋乃を追いかける。
「やれやれ……」
秀吾も呆れたように智晴を追いかける。
この出会い、体験したこと、学んだこと、それらは後、少年少女の人生を動かすことになる。
それはまだ知りえないこと。
これからの人生の中でどんな真実を選び、見つけていくのかは自分次第である。
では進もう。自分のまだ見ぬ真実を探しに―――
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