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2010*11*30 Tue
12:13

第七話

 キッチンではちょうど祖母が朝食の準備をしているのか、噌汁の焦げるいい香りが漂っていた。
 そしてテーブルにはいつの間にか帰宅していた、未だ巫女服の透が姿勢よく座っている。
 進に気づいた透は口に軽く手を当て、

 「あれ、進君着替えちゃったの? 似合ってたのに」

 と残念そうにしながらもからかう。

 「あははは。そんなのは懐かしい遠い思い出にしてしまったさ。そう。あれは既に過去の話!」
 「消えるわけじゃないのね」
 「誰のせいだよ! 誰の!」
 「だったら着なきゃよかったじゃない。私は進君が着たいって言ったから着付けを手伝ったのよ」
 「どっかの誰かさんが黒い笑顔浮かべて杓振り回さなかったら着なかったよ! 僕のバイオリン壊す気か!」

 見事にバイオリンケースが人質――物質になっていたらしい。
 逃げる手もあったのだろうが、階段を駆け上がっていた進の足にそんな力は残っていなかった。
 それを悟った透の魔の手が進を襲った。ポジティブ思考に方向性を向けると、写真などの記録に残されなかっただけましだった。
 透の記憶にはばっちり残ったのだけれど。

 「服の件は一旦置いとく。聞きたいことがあるんだけど」
 「聞きたいこと?」
 「うん。この村に――」
 「はい、お待たせしました。朝ごはんですよ」

 タイミング悪く祖母が現れた。
 手にはサランラップに巻かれたおにぎりが四つ。どれも焦げた味噌が表面に塗られている。
 皿にも盛らず、サランラップごと渡されたおにぎり。食卓で食べるのならもう少し綺麗な出し方もあるはず。わざわざサランラップを消費する必要もない。

 「二人とも、今から村の見学に行ってらっしゃい。おばあちゃんも今から出かけるから、道中で朝ごはんは済ませてくださいね。ほら急いで急いで」
 
 祖母は透と進の背中を押して、多少強引に玄関まで連れていく。
 急いで、というからにはこの時間帯にしか見せられないものがあるのだろう。
 進はとりあえず靴を履いて外に出る。

 「うへえ、やっぱ暑い……」

 夏のうっとうしい陽射しが容赦なく進を襲う。手で顔を扇ぐものの、熱風がそよぐだけで、気休めにすらならなかった。毎度毎度同じことをしても意味がないと分かっていても、やってしまう。
 続いて透が玄関を出てくる。暑さで減退している進とは対照的に、透は暑さを微塵も感じさせない涼しい顔をしていた。

 「……そんな格好してんのに暑くないの?」
 
 進は透の決して涼しそうには見えない服に疑問を覚えた。通気性の良い素材を使っている可能性は否定出来ないが、上辺を見る限りでは中にまだ二枚ほど着ている。

 「ちょっと暑いけど、もう慣れてるから」
 「そんな巫女服っぽいのに慣るって、一体普段何着てるわけさ……。あー、視覚も暑くなってきた……」
 「大丈夫? 陽射しにやられそうだったら、帽子被ったほうがいいわ」
 「んー、帽子似合わないんだよなあ……。順応もすると思うし、このままでいいよ。で、どこ案内してくれんの?」
 「んー。そんなにおもしろいところはないと思うけど、役立ちそうなところを紹介するね」

  じゃあ行こうかと、透の先導で鷺ノ宮村小観光がスタートした。 

 「そういえばさ。あんま覚えてないけど、ここって何ヶ所か名所みたいなのあったよな?」

 進は手で風を顔に送りながら聞いた。
 だが、やはり効果がないのか、額には汗が滲んでいる。

 「名所? この村に何ヶ所も有名な場所なんてないわ。でも、この光景は有名所の一つかもしれないね」

 見渡す限り田んぼしかない小道を、進と透は他愛のない会話をしながら歩いている。
 出会った三人の町人は皆田植えに勤しんでいた。しかし、町の中心に向かって歩いているにも関わらず、出会った町人の人数も少ない。
 やはり何やらイベントの類が町で行われているようだ。言葉の真相は村の中心に行けば分かると判断した進は、別の質問を投げかけた。

 「なあなあ、透も田植えとかすんの?」
 「うーん。時と場合にもよるけど、ほとんどしないわ。うちはそんなに大きな田んぼを持っていないから」
 「ふーん。全村民が自給自足ってわけじゃないのか。ああ、神社のお布施とかで食ってけるのか」
 「……そんな罰当たりなことしてないわ。うちは私利私欲の為に神社を経営してるわけじゃないの」
 「やあ、こんちはー」
 「進君、私の話聞いてる?! 誰に挨拶――って……」

 進の視線を追って振り向くと、透の知った顔の少女がそこにいた。

 「…………!!」

 透は化物を見たように声のない悲鳴を上げ、口をパクパクさせる。
 少女は髪を片口で揃え、暑さを和らげるためかノースリーブの白いワンピースに、七分丈の青いジーンズ姿。また、大きな瞳、ジーンズに括りつけている大量の鍵と工具が特徴的。

 「うふふっ」

 少女は面白いネタを掴んだと言わんばかりの満面の笑顔を浮かべ、おもむろに携帯電話を取り出した。

 「待って待って、落ち着こう。ね?」

 携帯電話の用途にすぐ気がついた透は、ゆっくり少女との間合いを詰めていく。少女は透の爪に掛かる前に、カメラ機能を起動させた。カメラレンズの横で、白いフラッシュが太陽の光に負けじと光る。
 
 「お願いだから落ち着いて。話を聞いてくれれば全て分かるから。まずはゆっくり携帯をしまおうよ」
 「こんなレアな特ダネ――逃す私ではないことくらいご存知でしょ?」

 少女二人の携帯を巡っての口論が続く。

 「…………」

 お互いさっとと携帯を取り上げるか、写真を撮るかすれば早いのだが、進はそれを言わなかった。
そのかわり進も携帯をズボンから取り出し、カメラを起動させる。

 「はい、チーズ」

 自動のピント合わせを完了させ、シャッターを切った。携帯のディスプレイには、少女二人が互いを威嚇仕合う姿が綺麗に撮影されていた。

 「よし、ベストショット。いい思い出になるな」

 進が納得の表情で写真を保存すると同時。四本の手、十本の指が進もろとも携帯電話を襲った。


 「あら、お二人はいとこ同士でしたの。わたくし、てっきり今期最大のレアネタだと勘違いしてしまいましたわ」
 「本当にあなたの勘違いはいつも迷惑だわ。柚桐眞麻(ゆぎりまあさ)は私にどんな恨みがあるのよ……」

 透に湯浅眞麻と呼ばれた少女を加え、進たちは三人で田んぼ道を歩く。

 「…………」

 談話する少女二人より三歩遅れて歩く進は無言。
 気持ち赤く腫れている頬を手で冷やしている。
 進の前を歩く少女たちは談話を続けた。

 「しかしながら、わたくしもまだまだ甘いですわね。よくよく考えてみたら、透さんに浮いた話があるはずないですもの」
 「聞き捨てならないわね。眞麻だって同じじゃない。恋愛のれの字程度の噂すら聞いたことないわよ」
 「あなたが知らないだけではなくて? わたくしレベルになると、殿方からの告白をどのように断るか考える日々を送っていますのよ」

 眞麻はおほほほほ、と高笑いを上げて勝ち誇る。
 その仲睦まじい少女たちの姿を進は生暖かい目で見つめ、

 「で、二人はどんな関係なわけ?」

 頬を冷やす手は下ろしていない。
 腫れた頬の理由は言わずもがな。二人に携帯電話を取り上げられた際、ついでに暴行も加えられたのだ。
透が冷静になった後、土下座せん勢いで謝られたので後腐れはない。
 進の質問に透が僅かに顔を曇らせて、

 「彼女とはただの同級生よ。それ以上でも――それ以下ではあるかもしれないけれど。ああ、一応簡単に紹介もしておくわ。彼女の名前は柚桐眞麻。別名歩くストーカー記者。私と同じ鷺ノ宮中学の二年生で、新聞部に所属。ちなみに彼氏いない歴=年齢ね」
「彼氏いない歴=年齢なのは透さんも同じでしょう? 言い逃れは出来ませんわよ、幼稚園からずっと一緒なのですから」

 眞麻に言われて、透は完全に陰を落とした。
 どうやら二人は幼なじみらしい。

 「どうりで仲良しなわけだ。あ、僕は宮森進。中三だから一歳年上だな。普通に話してくれて構わないから。変によそよそしくされるとさ、むず痒くなんだよ」

 進は背中をかき回し、透を一瞥した。
 眞麻は軽く首を縦に振って、

 「では、わたくしもあなたのことを進君とお呼びしましょう。スキャンダルには重々ご注意下さいね」
うふふ、と笑って手を差し出した。

 進も手を握り返し、

 「スキャンダルっても僕じゃ反応薄いと思うよ」
 「いえいえ、外部の人の情報こそ受けるんですのよ。どのくらいお泊りになるのかは存じ上げませんが、注意してくださいな」
 「……それなりに頑張ってみるよ」

 眞麻の冗談に取れない発言に進は肩を竦めて苦笑いした。
 その苦笑いに満足した眞麻は、

 「じゃあ、きびきび歩きましょうかお二方」

 と、さりげなく透から先導の権利を奪った。
 進にとってはどちらでも構わないのだが、眞麻のほうが厄介な気がした。
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2010*11*29 Mon
23:23

第六話

「ただいま……」

 消え入りそうな声と共に、名塚家の玄関扉が引かれる。結局進は神社での演奏練習を諦め、家に帰ってきた。透はまだ仕事があるとか何とかで、神社に残っている。

 「お帰りなさい。あらあらどうしたのその格好。透ちゃんが帰ってきたのかと思ったわ」

 さすがに男の子がコスプレでもないのに巫女服なぞ着て歩き回るはずがない。
 見間違えるのも無理はなかった。

 「まあ、紆余曲折あって……。とにかく着替えるよ……」

 半女装状態の現実にショックを隠しきれないようで、肩を大きく落とす進。
 覚束ない足で自分の部屋に向かった。


 部屋は窓が開けられ、空気の入れ換えがされている。朝日が差し込む家具のない部屋は、やはり寂しい雰囲気がした。
 掃除だけされ手付かずの部屋は、進の母の帰りを待っている証かもしれない。
 不良娘の母には祖父母も手を焼いたことだろう。
 家での親子関係を思い浮かべてもため息が出た。

 「ネガティブ終わり。うっし、とっとと朝ごはん食べて村の見学にでも……ん?」

 不意に窓から、庭の端にある蔵の側面が目に映った。
 さすが神社所有の名塚の家といったところ。蔵を所有しているとは。ちなみに蔵の横には小さな牧場があり、鶏や鴨も飼っている。

 「蔵……か」

 朝一に遭遇した怪しいお宝ハンターとの会話が思い出された。

 「この村には宝が眠っていて、地図の破片が村のどこかに隠されているって?」

 言葉では馬鹿にしたように言ってはいるが、表情は意外とまんざらでもない様子。
 にやけているし、目はずっと蔵を凝視している。

 「考えるより先に行動! とっとと着替えて行ってみますかね!」

 進は辛うじて濡れなかったジーパンはそのままで、上着にピアノを弾く猫がプリントされた青いTシャツを選択した。
 窓ガラスを鏡に見立て、髪型をワックスで整え、身支度終了。
 気を取り直して進はリビングに下りた。
 まず必要なのは蔵の鍵。
 玄関にある下駄箱の角に打ち付けた釘に、古めかしい鍵が数本ぶら下げてあった。たぶんその中のどれかが蔵の鍵だろう。
 後は明かり。普通だと懐中電灯だろうか。
 さすがにこれはどこにあるのか分からないのだが、問題はない。
 文明は進化を遂げ続けているのだ。
 そう、携帯電話という文明の利器が存在している。
 長時間の点灯は無理だが、ある程度の光量はあるはず。
 祖母に蔵を探ることを知られないようしているわけではないが、一応は宝探し。この村の秘密に迫るのだから、あまり知られるのもよくないと進は考えた。
 決して懐中電灯を探すのが面倒というわけではない。

 「よっし、必要な物は揃った! いざ、出陣!」

 鼻息も荒く、鍵と携帯電話を握りしめた進は玄関扉を音など気にせず盛大開け、勢い家をよく飛び出した。


 「近づくとやっぱでかいな……」

 間近で見ると小さな二階建て一軒家くらいの大きさがあった。事実、二階建てのようだ。
 外見を簡単に言い表せば、何分の一スケールのお城が正しいかもしれない。石造りの壁にしゃちほこのような飾り。
 土地が広いと一つ一つの物が大きくなるのだろうか。蔵の壮大さに感動しながらも、開錠する手はしっかり動かす。
 錆びかけているのか、二三度鍵を回すことになった。錠前が外れると、進は見るからに重たそうな蔵の扉の取っ手を力の限り引っ張る。
 扉はギギギと軋んだ音を立てて開かれた。
 強く引っ張っぱりすぎたせいで中の埃が舞い上がり、進の顔を直撃してしまう。

 「げほげほ……。空気の入れ換えとかしてないよな、これ。しかも暗っ!」

 外観では窓は二つ確認している。しかし、どの窓も開けられた様子はない。
 空気や光が入ることで傷んでしまうものもあるのだろう。
 
 「これはいい雰囲気じゃないでしょうかねー?」

 埃は厄介な点だが、ここまで立派な蔵に保存の徹底とくれば期待も膨らむ。

 「いざ行かん。未踏の地へ」

 進は携帯電話のライトを点けて、中に足を踏み入れた。
 入口から差し込む光で、ある程度中の様子が伺えるも、奥の奥はさすがに明かりが無ければ視認出来ない。
 それに異様なほど物が多い印象。歩ける場所も、人が三人並んで歩けるほどのスペースしかなかった。
 これでは蔵よりも倉庫と呼ぶのが相応しいかもしれない。
 なんて終わりのない文句を巡らせていても先に進まない。
 進はまず見える範囲のものを物色することにした。
 ――とはいえ、どこに何があるか分からない上に、二階建て。
 一個一個手に取って中を調べてもいいのだが、一人では途方に暮れる量。地図の破片を探すのにどれだけ時間を食うのか検討もつかなかった。とりあえず地図が入れられてそう箱に目的を絞って探す。
 十数分ざっと探ってみたものの、光が差し込む範囲にはこいのぼりやひな人形、古本の山などしか見当たらなかった。時期によって必要な物は取り出しやすい所に置いてあるようだ。
 ならば、と奥の方へ携帯電話の光を向ける。
 進の想像では、地図は漆塗りで無駄に高そうな重箱のようなものに入っている。
 一瞬照らし出した仏壇のようなものの上に、ちょうど似たようなものがあった。大きさはおおよそA4サイズほど。
 場所は入口の対面に位置にあった。

 「いやいやいやいやいや。目の錯覚でしょう。そんな都合よく想像したものなんか出てこないって」

 首を横に大きく振って、視界に入ったと思われるものを否定する。
 否定するも、確認はしなければいけない。
 恐る恐るライトで照らすと、目の錯覚でなかったことがはっきりする。

 「えー、想像通りって逆に怖いんですけど……。けど、播摩探偵なら『俺の勘は常日頃、名刀のように研ぎ澄まされているぜ』って名言言うんだろうな……」

 いとも簡単に発見。
 漫画や小説ならこの箱はいわくつきで、開ければ妖怪や悪魔の類が出現する。
 でもそれはあくまでも作った物語の話。
 進は奇妙がってた割に、躊躇なく蓋を持ち上げた。

 「あ」

 持ち上げた祭、蓋だけを持ち上げたはずが、本体ごと持ち上げてしまった。
 仕方なく一度元の位置に置こうとした時、

 「え……」

 急に蓋が外れ、箱が台に落下した。
 ゴトン。
 箱の中身が跳ねた重い音がした。音だけで判断すると割れ物の類いが仕舞われているようだ。
 しかし、かなり低いところから落としたので割れてはいないはず。
 進は心臓をバクバクさせながら蓋を開ける。
 箱の中には茶紙に包まれた青磁の皿が一枚。欠けた様子も割れた様子もない。

 「セーフ……。って安心してないで地図地図」

 皿をどけてみるも、他には何も入っていない。
 まさかこれが地図の破片か、とも考えたが一色単の皿に暗号の類が隠されているとは到底思えなかった。
 
 「うえー、外れかあ」

 どっと疲れた顔をして溜息をつく。
 いとも簡単に地図の破片が出てくるとは鼻から考えていなかったものの、想像通りの物が外れだったことには落胆せざるを得ない。
 コケコッコー!
 突然大音量で鶏の鳴き声が轟く。

 「はうわ!」

 びっくりした進は思わずその場で飛び上がった。
 さっきの音が原因で鶏は蔵に足を踏み入れたのだろうか。

 「痛って、痛い痛い痛い!!」

 さらに強襲。進の頭に見確認物体が攻撃を始めた。
 見確認物体と表現しても、鶏だということは分かり切っていたりする。

 「さっさと巣に帰れよ!」

 進が頭上の鶏を手で追い払うと、あろうことか鶏は高く積み上がった段ボール箱の頂上へ。
 嫌な予感しかしない展開に後ずさろうとするも、時すでに遅し。
 鶏は進を見つめたまま、不安定に揺れる段ボール箱の上で元気に羽ばたいた。
 上からいくつかの段ボールが落ちてくる。
 当然進は避ける間もなく鶏に対する恨みだけを叫んで、下敷きになった。

 「僕って不幸体質だったっけ……?」

 どうやら無事のようだ。
 転がる段ボールから飛び出したのは衣類。中身が柔らかく軽かったのが幸いした。

 「衣類の割に硬いものが頭を直撃したような……」

 ズキズキ痛む額が証拠。
 段ボールに埋もれたまま手探りでそれを探す。
 何かが頭のすぐ上辺りで手に触れた。
 すると、ゆっくりした旋律のオルゴール音が流れる。それを目の前目の前に持ってくると、

 「ずいぶん質素なオルゴールだなあ。装飾のカケラもないじゃん。悲壮感ある旋律はまあまあだけど。母さんの作品かー?」

 外見は薄茶色の小さな木箱。その中にオルゴールが詰め込まれているだけの、本当に単調なもの。
 図工で作ったと思われても仕方ない外観だった。

 「ってオルゴールはどうでもいい!宝の地図をさが……す前に片付けだよなあ……」

 ぐちゃぐちゃになった背後を見つめ、溜息をつく進だった。
 そして片付けが終盤に差し掛かった時、祖母から朝食の知らせを受け、地図探しは一時終了を迎える。 *

2010*10*20 Wed
19:52

第四話

 神社は森を右に沿って十分のところにあった。
 森に向かったときには生い茂るった木々によって、鳥居が視界に入らなかったらしい。
 鳥居を潜ってすぐ目の前には百段近くあろう階段。
 階段の先は斜面の角度から確認できない。

 「これ登んのか……」

 見ただけで疲れを感じる進。それでも登らなければ、条件が整った場所か確かめられない。

 「ええい、ままよ!」

 黒塗りのケースを抱き抱える進は、全力で階段を駆け登り始めた。


 「僕は馬鹿だ……」

 百段近くを全力で駆けた進は、神社の境内に着くなり地面に倒れ込んだ。
 息も絶え絶え。息を吸うだけで喉が焼けるように痛む。それでもゆっくり息を吸い、呼吸を整える。
 疲労した体はまだ言うことをきかないものの、呼吸を整えたことで幾分しんどさは軽減した。

 「この……歳で、運動不足……か?」

 ただ阿呆なだけ。
 普通のトレーニングならまだ許容範囲だが、これから演奏の練習もしなければならない。
 休めば体力は多少なりとも回復するけれども、練習でまたへばることだろう。
 なんて考えを巡らしていても、結局今は体力回復に落ち着くしかなかった。
 大の字になって目を閉じる。

 「あれ? 進くん……?」

 頭の上から声が聞こえた。とても若い声だ。
 美少女の神様がお迎えにきたのだろうか。
 生まれてこの方、そこまで悪いことをした覚えはないので、たぶん行き先は天国だとは思う。

 「年齢詐欺でなければ喜んで……」

 よく漫画やアニメなどであるロリババアでなければ喜んで、ではなく、実は若作りしてました的でなければ喜んでである。
 進的にロリババアの需要は意外とあった。

 「現実にはいないけどね!」
 「な、何言ってるの進君……?」

 しんどさのせいか、進の思考が渦を巻いて普段とは違った発想を展開させる。
 女神も心配そうな声音。
 しかも近い距離で聞こえる。僅かに女神の息が進の顔にかかる。
 うっすら目を開ける進だったが、木漏れ日の逆光で女神の顔は確認出来ず。

 「女神様……。僕に水を……、一杯の水を……」
 「お水? 待ってて、今持ってくるから!」

 女神って何のことだろ?と呟きながら女神は水汲み場へ走っていった。
 待つこと数十秒。

 「お待たせ!」

 と言う声の後、進の顔に水が降り注いだ。
 しかもコップ一杯分の量ではなく、バケツ一杯分くらいの量。
 一気にぶっかける勢いならまだしも、女神は量を調節し、長時間水を注ぐ。
 それも口元に。
 最初はありがたい気持ちで頑張って飲み続けていた進も、途中でガボボガガガボと口から水を噴射し始め、

 「死ぬわ!」

 の一言で勢いよく起き上がった。

 そこで初めて女神の正体が確認出来た。
 進の目の前には巫女服姿の透。
 よくよく考えてみれば、昨夜この村に来たばかりの進を知る若い村人は透しかいない。
 親戚の姿を見た進は、

 「死ぬわ!」

 と、二度同じことを言う。

 「一杯お水欲しかったんでしょ?」
 「限度があらあ! たくさんじゃなくて、コップ一杯だよ!」

 日本語って難しいなあ、おい! と進は叫び、手をジタバタして悲しむ。
 単なるオーバーリアクションだけれども。
 冷たくおいしい水はお腹いっぱい頂いたけれども。

 「っは! ケースは無事か!」

 完全に頭から抜け落ちていた何よりも大切な、黒塗りのバイオリンケースの姿を探す。
 ケースはすぐに視界に入る。というか、へばった時に置いた位置から動いていないのだから、そこにあるのは当たり前。
 進は直ぐさまケースのロックを解除して、中身の確認をする。

 「水に濡れてないな。へこんでないな。割れてないな。傷――は元々ちょっとあるけど、壊れてないな」
 
 外見上では変化なし。次に心配なのは――。

 「音階」

 バイオリンを顎の下に挟み、弓を弦の上に置く。
 一息吸い込むと、滑らかに弓を動かし、弦を振動させ始めた。
 ドからシまでの高低音をそれぞれ一音ずつ丁寧に調べていく。
 進のそれは朝の木漏れ日と木々の擦れる音に混じって、一つの楽曲と化していた。
 音階を調べ終えた進は、

 「ふー、異常はないな」

 と胸を撫で下ろす。

 小さい子供が使う練習用であれば比較的値段は安いが、コンクールに出場する程の腕がある奏者が使うならそれ相当の価格帯になる。進の持つバイオリンの値段は不明だが、高級品ならばうん百万円以上するものもあるという。
 やすやすと壊れたから買い替えることなど出来ない。

 「ん? どったの透? ぼーっとして」
 「すごいわ、バイオリン弾けるのね!」
 「別に凄くも何ともねえよ。バイオリン弾ける奴なんて探せばごろごろいるって。それより拭くもんない? 
びっちゃびちゃなんですけど……」
 「拭くものね。ちょっと待ってて、持ってくるから」
 「タオルだからな!吹くものとかで風車とかいらないからな!」

 社の中に急ぐ透に注意してしまう。
 さすがにこの間違いはないと思っていても、ついさっき前例があったため仕方ない。

 「あっ。タオルあっても着替えないし……。濡れたままの練習は……さすがに風邪ひくか」
いくら暑い夏であっても、馬鹿は風邪ひかないという言い伝えはあっても、涼しい早朝では引くこともある。滴る水滴を振り払う今でも、徐々に体温が奪われているのだ。

 「はい、進君。タオル」

 社から戻ってきた透が、ちゃんとタオルを進に手渡した。
 ハンドタオルのような小さなものではなくて、大きいバスタオル。社の中にあるのは謎でも、全身を覆えるバスタオルはありがたい。

 「それと。進君って私と身長ほとんど同じよね? そのままだと風邪引いちゃうから着替えも持ってきたわ」 
 「マジで! 至れり尽くせりだなあ。これで練習もでき――」

 透の手にある服は、白い布と赤い布を縫い合わせた生地。
 どこかで、しかもつい最近見かけたような色合いの服だった。
 さらに、服は幾重にも折り畳まれていて異様に丈が長いことが分かる。
 極めつけは透が着るサイズであるということ。

 「巫女服かよ!」
 「無いよりましだと思うけど。大丈夫よ。誰も見てないし、見られても女の子だと勘違いされるわ」
 「僕そんなに女顔じゃないよ?! 母さんからも気持ち悪いくらい父さん似って言われてるし!」
 「人間は一人一人感覚が違うじゃない。だから一回着てみよう?目覚めるかもしれないわ」
 「何に?!」
 「そこはほら、色んな方面があるじゃない」
 「お前そっち系の本も好んで読んでるな! 絶対そうだ! うわっ、やめ、やめて、セクハラーーーー!」
*

2010*10*15 Fri
21:34

第三話

 太陽が顔を見せて間もない早朝。うっすら霧がかかる視界に、朝の涼しい気温。夏場で唯一気持ちのよいひと時。肌寒さを感じつつも、宮守進は歩いていた。
 赤白ラインのポロシャツに青いジーンズという服装。手には茶色なバイオリンケースが握られている。
 進が歩いているのは小道。その脇には、田んぼや畑が広がっている。
 どこかキョロキョロしているのも、手元のケースで一目瞭然。
 歩きながら誰にも迷惑がかからず、バイオリンを弾ける場所を探しているのだ。
 早朝ならば人もおらず、思う存分練習が可能。地元でいつも使っていた進なりの作戦。誰もいない静かな朝を満喫する。
 進にとってはいつも通りの朝――になるはずだった。

 「皆朝早過ぎだっての……」

 早朝にもかかわらず、いや早朝だからか。
 周りの田んぼや畑には、しっかり農作業に励んでいる町民が多々見受けられる。今歩いている小道でも、農具を持った人と何度もすれ違う。
 これでは誰もいない静かな場所などなさそうだった。

 「家でも祖母ちゃん起きてたし。やっぱお年寄りは朝が早いのか……?」

 その考えに確証はないが、この村では実証されている。進には嫌な結果だったが。

 「こうなったら森の中でやるしかないか。虫が多そうで嫌なんだけど……」

 森で囲まれた村だ。
 少し村をはずれれば、すぐ森林に足を踏み入れられる。音も草木が遮ってくれるだろう。

 「えーっと。適当に歩いたからなあ……。迷っても面倒だし、家に近いところにしよう」

 進はあてもなく動かしていた足を森に向けた。
 目指した森は名塚家から時間にして三分程度のもの。家の裏側に森が広がっているのだ。
 進は家を通り越し森に足を踏み入れる。
 中は草木によって光が遮られ薄暗くなっており、無数の木からは樹液の臭いが漂う。本格的に大量の虫がうごめいていそうだった。

 「ここじゃ駄目だな」

 森の入口から数歩歩いたところで断念する。
 足元を確認するも、木の根や緩い土で安定感がない。まだ太陽の当たる入口付近でこの状態ならば、奥に行くほど地面は湿気で荒れているだろう。やはりコンクリートのような硬い平地を探す必要がある。
 仕方なくまた村の中へ足を運ぼうと、半回転する。

 「あー。どこか近くに人がいなくて、地面が硬い場所はないかねえ……」

 空を仰いで一人呟くと、

 「それなら近くに神社がある。条件にはピッタリじゃないかな?」

 真後ろの森から女性の声で返答があった。
 進は突然の声に身構える。ゆっくり振り返り、女性を見据えた。

 「……どちらさまで?」

 「こらこら。せっかく親切に教えてあげたのだから、そう警戒しないでおくれよ」
 「そう言われても、あなた村の人じゃないですよね? 明らかに服装が違う」

 女は夏だというのに、長袖の黒いウインドブレーカーという服装。おそらく服装だけを見たのなら、そこまで彼女を不審に思うことはなかっただろう。
 問題は装備。
 女の手には土で汚れた軍手を嵌めており、背中には寝袋がくくりつけてある茶色のリュック。腰にはウエストポーチ、ハンマーと小型ドリルもくくりつけている。村に遊び目的で来たのではないことは一目瞭然だった。

 「もしや気になってるのはこの格好かな?」

 と女は進の不審ヵ所に気づく。しかし、別段困るわけでもなくそのまま続ける。

 「ちょっとした探し物があってね。そのための装備さ。長袖なのは、森などに入っても肌を傷つけないため。リュックには着替えや簡易テントが入っている」

 お金がないから野宿なんだけどね、と苦笑いを浮かべる。
 しかし、進は相手を同情することなく自信の興味を最優先した。

 「探し物? この村に時間をかけて探すに値するものがあると?」
 「私の自虐ネタは無視かい。……君、この村の子供じゃないね? 私たちのことや、神社の場所を知らなかったわけだし」
 「……そうだよ。僕は都心の人間だ。それを聞くってことはそっちもこの村の人間じゃないだろ。それより、最初の質問に答えてもらってないんだけど?」
 「君、見かけより自己中だな……。えっーと、この村に何があるか、だったね」

 女はウエストポーチから一枚の紙をつまみ出した。

 「地図?」

 進の言葉が疑問形なのは、それが地図の切れ端のように思えたため。
 顔を近づけて注意深く確認する。古本のような臭いが鼻に入っていく。

 「やっぱし地図か」

 中途半端に切り取られてはいるものの、地形や建物の記号地図、さらに何やら星印しも書き込まれている。これが宝の在りかなのか。
 また、すでに黄ばんでおり、所々黒い染みや一部穴が空いている。
 かなり昔のものと思われた。
 女は声のトーンを落とし、

 「これが宝の地図さ。でもご覧のとおり完全じゃない。噂では村のどこかに他の部位が隠されているらしい。君は知らないかい? どんな些細なことでも構わない知っていたら教えてほしい」

 真剣な顔で進を見据える。それを進は軽く手であしらい、

 「さっきも言ったけど、僕はこの村の人間じゃない。悪いけど村の秘密どころか、公衆電話がどこにあるかすら知らない有様だよ」

 公衆電話があるかどうかは分かんないけど、と進は視線を逸らした。
 これ以上詮索されても相手にとって有益な情報は出てないとは思うが、あまりいい気分ではない。

 「じゃあもし家の蔵とかで地図を発見したら譲ってくれないか? お礼はするから」

 女は合掌して片目を閉じる。
 可愛いポーズをされても、怪しいお宝ハンターの言葉を信じる進ではない。
 適当に相槌をうって、

 「じゃあ朝ごはんの時間も近いんで、僕はそろそろ行きます。お姉さんも頑張ってください。神社の情報ありがとうございました」

 心にもない励ましと感謝を棒読みで伝え、この場から早歩きで抜け出す。
 目的地は神社。嘘の情報かもしれないが、ここで嘘をつく必要はない。
 それに、演奏に最適な場所がようやく見つかるかもしれない期待感の方が高かった。
*

2010*10*13 Wed
00:37

第二話

 「ほら進、鷺ノ宮村だ。覚えてるか?」

 右前方にうっすら木々の間から家が何軒か窺えた。その手前には川。この時期は魚釣りや川遊びが楽しめそうだ。車が川の上の橋を渡っていく。すると、月明かりで反射した川の中に冷やしてあるスイカが視界に入った。進は涎が出そうになって口元を覆う。
 村の入り口なのか、「ようこそ鷺ノ宮村へ」と小さく書かれた立て札の横を通り抜ける。
 眼前に一面田んぼが広がった。
 暗がりでもはっきり、民家以外それしかないことが分かる。

 「……田んぼだらけだ。これなら昼間は牛や豚が道端歩いてそうだなあ」

 進は車の窓ガラスに寄りかかりながら、ぽそりと呟く。

 「おいおい、そりゃ偏見だ進。ここはあれだが、村の中心に近づけばそれなりに栄とるんだぞ。牛や豚に関しては否定できんがな」

 「これで牛車とかあったらかなり歴史を感じる村になんじゃね? ま、車があったらそんなんいらないに決まってるけどさ」

 進の冗談に祖父は静かに牛車はいい案だ、と頷いていた。
 軽い気持ちで言った冗談が、村起こしのアイディアに組み込まれるとは。しかし、この村に乳牛以外の牛がいるかどうか怪しい。
 さらに村の中に入ってゆき、やがて住宅街にたどり着く。
 進の祖父は、一軒のでかい家の前に車を停車させた。門に名塚と書かれた表札がかけてある。この村の家はどこも二階建てだったが、この家は三階建て。
 進は自分の家より遥かにでかいこの家に感動を覚えた。隣の祖父からは昔何度か来たやろ、と笑われたが、幼いころよりも理解度が高い分それは仕方のないことだった。
 進は車を降り、祖父に続き家の玄関に入っていく。

 「おい、帰ったぞ」

 「はいはい、お帰りなさい」

 奥の扉から祖父と同年齢ほどの女性が出てきた。進の祖母である。祖母は進を見るなり駆け寄ってきて、

 「まあまあ大きくなって。これでは私も歳を取るはずね」

 と言って進の頭を軽く撫でる。

 「ちょっ、恥ずかしいからやめて……」

 手を払いのけることはなかったが、頭を後ろに逸らした。

 「おう、進。部屋に案内してもらいな。わしはちょっくら村の会合に寄ってくる」

 「じゃあ、おあがんなさい」

 進は祖父を見送ってから靴を脱いで、キッチリ揃えて家の床に足を踏み入れる。玄関のすぐ前には階段があり、祖母はそれを上っていく。
 二階に着いて一番奥の部屋に進は案内された。扉を開くなり生温い風が飛び込んでくる。その先に二十畳はある広さの空間があった。部屋の中は勉強机に丸テーブル一つ、それに小型のクーラーと生活感のカケラも感じられなかった。
 
 「この部屋は進のお母さんが使っていたのよ。元あった家具はそっちの家にあるはずね」

 祖母の言葉で自室の状況が思い出される。リビングや自分の部屋に家具が置ききれないため、息子の部屋に許可もなく桐箪笥やら化粧台やらを置かれて、こじんまりしたスペースしか残っていない自分の部屋。一室一室が広いこの家の感覚を今の家に持ち込まれても非常に困る。進は自宅に帰ったら、真っ先に文句を言ってやろうと心に決めた。

 「それじゃあ荷物置いて下に行きましょうか。ご飯は食べてくるって、あなたのお母さんから聞いているのだけれど。大丈夫?」

 「大丈夫だよ、蕎麦食べてきてるから」

 進は丸テーブルの上に荷物をそっと乗せた。一応壊れ物も入っているので配慮しているのだ。
 祖母に連れられ下のリビングに足を運ぶ。


 リビングは進が使う部屋の二倍はある広さだった。畳が敷かれていて和を醸し出している。
 だが、家具は真ん中に八人用のテーブルや液晶テレビ、食器棚それと四人掛けのソファーだけだった。
話によると昔は他にも家具はあったのだが、壊れたり不要になったり、進の母親が持っていったりしたらしい。
 何でもかんでも持っていく母親に恥ずかしさを感じる進だった。

 「お茶をいれてくるから、くつろいでなさいな」

 祖母は台所の暖簾をくぐっていった。

 「くつろぐっつっても、テレビ見るくらいしかないよなあ」

 テーブルの上にあった煎餅を唇に挟んでテレビの電源を入れた。
 画面には全く知らないローカル番組がやっており、芸人らしき司会者が別段面白くないコントを披露している。
チャンネルを変えてみるも夜のニュースや特に興味ないドラマしか放送されていない。仕方なく夜のニュースを見ることにした。流れるニュースもローカルのものが多く、全国のものは全体の四割にも満たない。
 一番注目したのは天気予報。というよりも、これしか気になるものがなかった。週間天気予報によると、一週間快晴で日射病に注意らしい。

 「進ちゃん、お待たせ」

 祖母が湯気の立つ湯呑みと急須をお盆に乗せて台所から出てきた。

 「あー、ありがとう。でも氷があったらもっと嬉しかったかな」

 真夏に熱いものを飲み食いして汗を出す。進も家でよくやるが、気分じゃないときももちろんある。
 しかも煎餅を食べて喉が渇いている今ならば尚更だ。

 「そう言うと思ったから用意してありますよ」

 再び台所に戻り、長めのコップ十数個の氷を入れて持ってきてくれた。さっきは一度に全部持てなかったらしい。
 進は注いでもらったお茶を氷で冷やしてから一口飲む。

 「…………!」

 危うく飲み込んだものを吐きそうになり、気合いで胃に流し込む。

 (なんだ……これ……)

 口の中をかつて味わったことのない苦さが広がる。
 例えるならゴーヤの味を二倍に圧縮した苦さ。つまり苦い。これはもうお茶ではなく薬草茶の域だった。

 「これ……、何茶……?」

 「これは自家製の薬膳茶ですよ。苦いけどとっても体にいいのよ」

 予想的中、薬膳茶だった。だが、薬草茶のほうが遥かによかった。
 進は一口ですでに限界を迎えつつあったが、残りを気力で一気に飲み干した。

 「うへえ、苦い……」

 胃に苦さが溜まる感覚で気持ち悪くなる。
 口直しも兼、台所で水を飲んで気持ち悪さは耐え忍いだ。
 まだ苦さが消えないので冷蔵庫の中も物色する。残念ながら甘いものは見つからなかった。
 進は諦めてリビングに戻る。

 「なっ!」

 リビングに戻るとテーブルを挟んで、祖母の横に赤と白が交じり合う巫女らしき服を着た女の子が立っていた。
前髪を斜めで揃え、二本のヘアピンでとめている。一瞬しか確認出来なかったが、後ろ髪はみつあみにしたお下げにしているようだった。手には茶色の紙袋を持っている。

 「こんばんは」

 巫女服姿の女の子に挨拶されたが、進は愕然としていて返答をよこさない。
 漫画の世界、または限られた現実世界でしか拝むことのない巫女服少女が目の前に。
 進は何度か口をパクパクさせ、ようやく喉の奥から搾り出したような声を出す。

 「ば、ばあちゃんこの子誰さ!」

 「あら、覚えてない? 小さいときよく遊んでいた、いとこの透ちゃんよ」

 「透?!」

 うろ覚えの記憶を甦らせようと奮闘するも、健闘むなしく記憶は霧散する。なにせ九年前に会って以来なので、すっかり記憶から抜け落ちている。子供の成長は早いのだ。
 仮に覚えていても九年前の姿と今の姿が一致するはずがない。
 進がまじまじと透の姿を眺めていると、透は助けを請うように祖母の服を軽く引っ張った。

 「あらあら、透ちゃん緊張しているのかしら?」

 「そういうわけじゃないけど……」

 さすがに上から下まで嘗め回すように見られては羞恥心、もしくは嫌悪感を抱くに決まっている。
 進は興味に自制をし、咳払いで悪くなった空気を誤魔化す。
 いまだ祖母の後ろに隠れている透を進は見据えて、

 「久しぶり。僕のこと覚えてる?」

 「覚えてる――って言ったら半分嘘になっちゃうかな」

 「僕は覚えてるのにな。とってもいい思い出の一ページ」

 「さっき私のこと誰っておばあちゃんに聞いてたじゃない。それって完全に忘れてたってことよね? なら私のほうが進君より思い出の一ページがあるってことね」

 透も負けじと弁明するが、要するに進と同じく幼少期の記憶は鮮明ではないらしい。
 ひどいなー、と進が冗談交じりに言うも、お互い様よ、と透は笑う。
 九年ぶりの再会。少なからず不安があった二人。
 会ってみれば何のことはない。不思議なほどすぐに打ち解けた。

 「まさか巫女服で登場とは予想外だよ。趣味で着てんの?」

 「この暑い中趣味でこんなの着る人はいないと思うわ。いるとしたら暑い気候が好きな人だけよ。よっぽどね。用があってこんな格好してるけど、あまり着たくないわ。暑いから……」

 「趣味だったら面白かったんだけどな。他も凄い衣装とか持ってそうだし。ならさ、暑いのを我慢しなきゃいけないほどの用ってのは?」

 「ただのアルバイトよ。村の役場で雇ってもらってるの。普通中学生じゃアルバイトできないでしょ?」

 なるほどね、と進は一言。理由に納得しつつも、体よくごまかされた感は否めない。
 しかし、ごまかされたのにも理由があるはず。進はそれ以上の追求はしなかった。

 「そういえば伯父さんと伯母さんは? 挨拶したいんだけど」

 「あの二人、今村役場で会合してるの。たぶんおじいちゃんもいるんじゃないかな。本当に会合してるのか怪しいけどね……」

 「会合と言う名の飲み会に変化するわけね。これはどこだろうと変わらないな」

 進はやけに大きく頷いた。どうやら似たような経験があるらしい。
 透がはにかみながら「お酒飲むの?」と聞くも、進には「まさか」の一言で流される。

 「ところで、その手に持ってる紙袋何入ってんの? 本屋の名前書いてあるから本だよな?」

 「そうよ。バイトの前に買ってきたの。この小説知ってるかな?」

 透が紙袋のシールを剥がし、中身を取り出した。姿を現したのは一冊のハードカバー書籍で、全体が赤と橙のグラデーションで彩られていた。

 「その本ってまさか……!!」

 進が即座に異様な反応を示す。
 目をこれでもかというほど大きく開き、手をわなわな振るわせる。

 「これ「播磨探偵の協奏曲」か? サブタイトルは、虎穴に入らずんば虎児を得ず? 新作じゃん!」

 進は目を輝かせ、本と一緒に透の手を握りしめる。
 予想していなかった出来事に透は困惑する暇もなく、状況に身を任せるしかなかった。
 祖母は孫たちの微笑ましい姿を見て、ただただ静かに微笑んでいる。

 「なあ、この村に本屋ってあんの? あんなら今から連れてってくんない? 俺もこの本欲しいんだ!」

 「えーっと、言いにくいのだけど、この町に本屋はないの。電車に乗って五つ先にある駅まで行かないと本は買えないのよ」

 「げ、まじで……? あー、そういや母さんが言ってたな。この村ってコンビニもなければインターネットも通ってないんだっけ?」

 「田舎だから。都会みたいに生活を豊かにしてくれるものは少ないの。よかったらこの本読む? 私また買うから」

 透は一度も開いていない本を進の目の前に差し出した。
 進は一瞬、自分の手にある本を見て生唾を飲み込んだが、すぐに本を押し返した。

 「さすがに仲間、いや同志からこれを奪うわけにはいかない。これは透に読んでもらうことを望んでいるよ。だから僕のことは気にしないで」

 長く遠慮の言葉を述べる進だったが、始終視線は本に釘付け。
 これには透も苦笑いを隠せなかった。

 「だったら今度一緒に本屋行く? 今日明日は無理だけど」

 「本当か?! 行く行く、楽しみに待ってるよ!!」

 跳びはねて喜ぶ進は、まるで遊園地に行く約束をした小学生のようだった。

 「ところで進君は登場人物で誰が好き? 私は播磨探偵の助手をする仲間警部補が好き。普段はオドオドしてるけど、いざっていうとき体を張って犯人を捕まえる姿が好きだわ!」

 透は立ったまま続けて会話に入ろうとする。同じ趣味を持つ人に出会えたことが嬉しかったのだろう。一言一言に熱が入っていた。
 透の姿勢に驚くことなく、進は進で応戦体勢になる。どうやら語る気満々らしい。

 「仲間警部補ね。王道どころだなー。僕は断絶播磨探偵が裏で雇ってる報道マンの車田。車田がいなかったら解決しなかった事件も多いしな。かなりのキーマンになってるだろ!」

 「進君のがマニアックすぎるのよ。車田なんてほとんど播磨探偵と電話してる描写しかないじゃない。それに比べて仲間警部補は毎巻登場して活躍しているわ。犯人に刺されそうになった播磨探偵を身を盾にして守ったこともあるじゃない」

 「いやいや、警部補はいいとこどりしてるだけだって。そもそも刑事が探偵に頼りっぱなしってどうよ。結局播磨探偵が犯人捕まえるだけじゃん。その点、車田はすこいぜ。一人で事件の真相に限りなく近づくからな」

 「一人で? それこそおかしな話しじゃない? 電話のシーンがほとんど、実際に登場しても情報提供するだけで終わり。どんな根拠があって車田は一人で調べてるって言えるの?」

 言えるさ! と進は反論し、それに透もおうむ返しに反論する。
 マニアの域に達している二人は、自分と違う相手の意見をなかなか認められない。まさに甲論乙駁。
 祖母は長きにわたる二人の論争を、一人椅子に座り、お茶をすすりながら眺める。

 「違うって! 犯人の目的は学校の――」

 「教室に飛び込んだのは警部補で――」

 論争は今尚止まることを知らない。透は巫女服が暑い上に、会話に熱が入っているため額に汗が滲んでいる。着替えも風呂も完全に無視していた。
 この後も二人はキャラクター評論を続け、時間は深夜にまで及んだ。
*
本日のオタク名言
何を信じてるかって?
自分を信じるしかないよね

Charlotte

by 西森柚咲
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雨宮 翼

Author:雨宮 翼
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Age: 管理局の白い悪魔よりは上

Birthday: 12月28日

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