礼乃が光っている本を恐る恐る手に取り新たに書かれているページを探し始めた。
その様子を目の前で静かに座っている智晴がじっと見つめていた。
「・・・」
礼乃が一枚ずつ丁寧にページをめくっていくと徐々に本からの光が弱まりだした。
「あった。」
文字を発見し声をあげた。すると本からの光は完全に静まった。
だが礼乃は下を向き本に書かれている文字をじっと見つめたまま一向にしゃべりだす気配がなかった。しばらく奇妙な沈黙がそこに流れた。
「どうした?なんて書かれてるの?」
いつまで経っても口を開かない礼乃に痺れを切らし落ち着かない様子で立ち上がり本の中を覗きこんだ。
「あれ?」
覗き込んだ先には何も書かれてはおらずただ真っ白な表面があるだけだった。
智晴の頭にもしかすると騙されたかという思いがよぎった。あの占い師桐生深唖はやはり自分たちの困っている姿を見て楽しんでいるだけなのかもしれない。そして礼乃もまたこの現状を見て呆然としているのかと思い苦笑交じりの文句を呟きながら礼乃の肩をぽんと叩いた。だが依然として礼乃からの反応は全くなかった。これはいくらなんでもおかしいと感じ取り肩を揺すった。すると、グラっと礼乃の体が横に傾き椅子からすべり落ちそうになった。智晴は咄嗟にそれを受け止め落ちるのを防ごうとしたが今の智晴は女の子の体であるため無理な体勢で男の体を支えるのは不可能だった。そして智晴は礼乃の体はドンッという音と共に床に倒れ智晴は礼乃の体の下敷きになった。
「く、苦しい・・・。」
自分は痩せている方だと思っていたのだがここにくると実はそうではないのではないかと思えてくる。
実際苦しい理由としては呼吸がしにくいところに乗っかられているというだけなのだが。
そしていつまでもこんな苦しい状況を味わう理由もないため礼乃を上からどかそうともがいていた時だった。
ドタドタドタドタ。
どこかから階段を駆け上がってくる音が複数聞こえてきた。そしてその音は今自分がいる部屋のドアの前で止まった。
次の瞬間「「すごい音がしたけど大丈夫ー?」」と声をそろえて二人の妹が扉を開けて部屋に入ってきた。
顔から血の気がひいていく音が聞こえたような気がした。
お互いに目が合い、しばしの沈黙が流れた。
「・・・・・」
「「・・・・・」」
すると急に妹二人は「「お母さんー、お兄ちゃんがー!!」」という声と共に猛ダッシュで部屋を出ていった。
「おい、ちょ、コラ、誤解だ!!待てーーーー!!!」
静止もむなしく妹たちは部屋から去っていった。
後でフォローしなければいけなくなるのは確実なのでどう説明するかを考えなければならないなと思いつつ取りあえず礼乃の体を自分の上からどかした。
そして再び顔を覗き込み声をかけてみるが全く反応はなかった。息はしているのでただ眠っているだけらしい。
しかし、先ほどまで話していたにもかかわらず急に眠ってしまうというのはどうあっても考えにくいことだ。となればやはり考えられる理由はこの本以外にないだろう。やはり本にはなにか書かれていたのではないかと思い床に転がった本を手に取った。そして再びパラパラとページをめくっていったがやはり新しい文字は発見できなかった。
仮に文字が見つかったとしてもそれを読んだだけでこんな気絶状態のようになるのかどうかは疑問であるのだが・・・。
コンコン。
不意にドアをノックする音が聞こえた。
「!?」
考え事に集中していたため飛び上がりそうになった。
集中してようが普通はノックくらいで飛び上がりそうになることはないだろうがおそらくこれは深層心理からくるものだと思う。
妹たちの説明にもよるだろうが(たぶんあることないこと自分たちの想像もプラスされるはずなのだ)多少なりとも説教をくらうことは目に見えていた。
「智晴?入るわよ?」
そういうと智晴の母親が部屋に入ってきた。
「あの子たちが何かよく分からないことを言っていたけれど何があったの?あら?」
当然疑問に思うことだろう。自分の息子は床で寝て(気絶して)いて見知らぬ自称クラスメイトがそのすぐ側にいるのだ。色々と思うことはあるはずだ。
「えっと・・・」
「こ、これは違うんですよ?何があったわけではなく。と、とにかく・・・。」
「その子をベッドに寝かすのを手伝ってもらえるかな?」
「は、はい。」
智晴の母親はなんだかすごく落ち着いており、取りあえず二人で礼乃をベッドに寝かせた。そして、二人は向かい合わせに座りあった。智晴は親子でこんな風に向かい合って話すことなんてほとんどないため少し緊張の面持ちになった
「あ、あのですね・・・。」
沈黙が流れると非常に気まずい雰囲気になるため先に口を開いたが母が何かを思いついたように割って入った。
「こういうことかしら。智晴が椅子に座っていたら眠っちゃって椅子から落ちそうになった。そこであなたがそれを止めようと助けに入ったけれど力が足りず一緒に倒れてしまった?」
スゲェ、なんだこの人・・・見てたかのように・・・。
「は、はい。間違いなくその通りです。」
「でしょうね。あの子たち二人は自分たちの面白くなるように話すからあまり信用できないのよねえ。」
さすがはあの妹を産んだ我が母、一番あの二人のことをわかっていらっしゃった。
「でも困った子ねえ、お客さんほったらかしで眠っちゃって。」
「つ、疲れでも溜まっていたんじゃないですか?学校でも頑張っているようですし。」
自分の母親に対して敬語を使うのはとても違和感があった。そしてさり気なく自分の学校での高感度を上げておく。
「珍しいこともあるのねえ。」
頬に手を当てて感心したように言った。
珍しくて悪かったな。とは言えるはずもなく気づかれない程度に口を尖らせた。
「お茶でも入れてくるわね。この子はこんなんだけどゆっくりしていってね。」
「い、いえお構いなく。もう今日の分の用事はほとんど終わっているので支度を済ませたら帰ります。」
「あら、そうなの?」
「はい。」
そういうと智晴の母親はまた遠慮せずに来てね、と言って部屋を出て行った。
「あー、なんか疲れた・・・。今日のところは帰るか。」
帰り支度、といっても特に持ってきたものはないのだがこの部屋から持っていくものが
いくつかあったため適当な鞄に必要なものを入れた。あとは財布、これがなければ礼乃の家に帰れない。それと忘れてはいけないのはこれからの鍵を握るこの紫色の本。礼乃がいつ起きるか分からないので持って帰ってもう一度調べることにした。
もう持っていくものはないな、と確認し部屋を出て一応母親に挨拶をして自宅を後にした。
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