夢を見ている気がする。というのも変な表現ではあるのだが、眠りながらにして映像を見ている限りそう表すしかないだろう。
そう、智晴は夢の中で自分の過去を垣間見た。
懐かしい思い出、辛い思い出や目を覆いたくなるような恥ずかしい思い出など今までの人生の所々を映像にして見ている。例えるならばビデオカメラを再生しているような感覚だった。
そして、これが深唖の言っていたヒントなのだろう。
しかし、自分の過去のどこの映像にヒントが眠っているかなんていうのは分からなかった。あるいは過去そのものがヒントなのかもしれない。そう考えたがあまりにも抽象的で膨大すぎるものが果たしてヒントになりうるものなのだろうか。そう思うと余計に分らなくなった。
礼乃も自分と同じく過去の映像を見たのだろうか。それとも別のものを見たのか。それは聞いてみるしかないだろう。それよりも怒鳴ってしまったことについて謝らなければいけない。振り返ってみると自分でも何をしているのかよくわからない一日だった気がする。自分では気付かないが疲労が溜まっているのかもしれない。だがそれでも行動を起こすのは自分なのだ。気をつけなければいけない、そう思った。
その時変に違和感を覚えた。何故こうもはっきりと過去の映像を見ることができ、こうも冷静に物事を考えることができるのか。おかしなことだった。今夢を見ている。自分がただ夢と認識しているだけなのかもしれないのだが。しかし、過去の映像を見るなんていうことは夢でしかありえない現象だろう。もしこれが夢でないのだとしたらこれは本の力に他ならない。全くもって不可解な物体である。
しかし、よくもこんな普段ではありえないような論理的な思考を巡らせているのか。そう思うだけで笑いが込み上げてきた。
不意に自分の笑い声ではなく何か別の音が聞こえたような気がした。
もう目覚めが近いのだろう。智晴は直観的にそう感じ取った。
そしてこの夢の世界に向かっておやすみと言って目を閉じた。
~♪~♪~♪
目覚ましのアラームで智晴は目を覚ました。
天井を見ながら今自分は礼乃邸にいることに気がついた。おそらくあの後に礼乃が智晴の母親に頼んで車で家に運んでくれたのだろう。
~♪~♪~♪
携帯から再びメロディーが流れた。そういえばスヌーズ機能を切っていなかった。スヌーズを切ってから画面に表示されている時計を見ると日付が変わっていた。どうやら昨日意識を失ってから今まで眠っていたらしい。いくらんでも眠すぎだ。しかし、起きた時間は余裕をもって支度が出来る時間だった。今日から最低二日礼乃の通う女子高、聖リィシア学院に通わなくてはならなかった。
いつもとは違い目がはっきりと冴えているため二度寝をせずにベッドから出た。
その時、ぐ~。智晴の腹が鳴った。そういえば昨日の昼から何も食べていないことに気づいた。取りあえず着替えを後にして食事をすることにした。
リビングに降りると礼乃の母親が仕事に行くのか慌ただしく動いていた。
「あら、礼乃。おはよう。」
「お、おはよう。」
礼乃の母親は智晴が二階から降りてきた気配を察したのか智晴に目を向けずに朝の挨拶をした。
「悪いのだけれど今日の朝ごはんもパンでいいかしら?また急な仕事が入ってしまって。」
「いいけど。」
「じゃあ、あと戸締りだけよろしくね。」
いってきます。と礼乃の母親は家を出て行った。
どうやら父親は帰ってきてないらしく母親が出かけてから礼乃の家は静まり返った。
昨日も思ったことだが礼乃の家は寂しい空気で包まれている感じがした。
ぐ~。再び智晴の腹の音がした。空腹も限界に近付いていたため洗面をささっと済ませて食パンを焼いて食べることにした。
一人で黙々と食事をしていてもやはりつまらないためテレビをつけた。
朝からそんなに見たいテレビはないため普段家でもかかっているメザマシTVを見ることにした。
今画面に映っているのは政治についてだ。現代の日本の教育社会がどうのこうのとか野党がなんたらかんたら、とよく理解できない議題で政治家が国会議事堂で議論をしている。政治について全く興味はないのだがこれから大人になって社会に出ると嫌でも知らなくてはならないのかな、と思っていると主張している議員の中に見覚えのある顔があった。いくら政治に興味がないとはいえ流石にテレビで見た顔くらいはある、その人だろうと思ったがそうではなかった。それはつい二日前ここ礼乃邸で見た顔で、そこに映っていたのは礼乃の父親だった。何と礼乃の父親は国会議員だったのだ。どうりで家に帰ってこないわけである。ということは母親も母親で何か忙しい仕事に就いているのだろう。そして娘はかの有名なお嬢様学校である。いやはや何ともすごい家族である。
トーストを食べながらゆったりと朝の食事を満喫している最中ピーンポーンとインターホンが鳴った。こんな朝早くから誰が来たのだろうと首を傾げながらインターホンの受話器を取り、どちら様?と答えると『成美で~す。』と朝から元気のいい声でそう返ってきた。石杖成美、実に出現率の高い奴である。ドラクエでいうなら初期の頃のスライムといったところか。しかし初期段階のスライムは強敵として出現する。それ故に成美はなんとか攻略せねばならない存在だった。そして、ここでレベルを上げておかなければ後ほど行くことになる魔物の巣窟(聖リィシア女学院)で完全に屍と化す!!
『あきちゃん?聞いてる?』
完全に妄想に浸っていた智晴が我に返り
「聞いてる聞いてる。でもどうしたの朝早くから?」
と聞いた。
『どうしたのって、いつもこの時間に来てるじゃん?』
「冗談冗談。待ってて、今玄関開けるから。」
そんなことは知らない智晴は怪しまれるよりも先に成美をさっさと家の中に入れることにした。
「おじゃましまーす。」
玄関で靴を脱ぎながら成美がそう言った。
「ところであきちゃん。まだ制服に着替えてないんだ。珍しいね。」
「え。そう?」
やはり礼乃はしっかりした性格らしく朝食前には身支度を済ませているらしい。余裕をもって行動というのがモットーなのだろうか。そちらにせよ食事も済ませたことだし着替えることにした。部屋で嫌々ながらに制服に着替えリビングに降りると成美はテーブルで何やらプリントを眺めているようだった。
「何してんの?」
「え?これあきちゃんのプリント。昨日会えなかったからさ。」
そういえば昨日学校に提出するプリントを渡してもらう約束をしていたのだ。不可抗力とはいえ完璧にすっぽかしていた。それどころか昨日色々ありすぎて今の今まで忘れていた。
「あきちゃんが約束の時間守らないなんて珍しいと思って電話したら男の人が出て説明してくれたんだよね。あれが彼氏?」
成美はにやにやしながら問いただすように聞いてきた。
「違うよ。そんなんじゃないって説明したっしょ。でもごめんね約束破って。」
「いいよいいよ。もとはと言えば私が悪いんだからさ。」
気にしないで、成美は言った。
成美も激しいスキンシップさえなければいい子なのだが、と思う瞬間だった。
「でもさ、このプリント何?同じクラスの私ももらってないよ。」
「あはは。」
「え、私もらい忘れ!?」
もちろんそのプリントは智晴の学校で配ったプリントである。逆に成美が持っていたらそれこそ変な話になる。
「そうじゃないから気にしない気にしない。」
「だったらいいんだけどさ。あ、あきちゃんそろそろ支度したほうがいいんじゃない?」
「大丈夫、問題ないよ。さっき一緒に取ってきたから。」
先ほど部屋で着替えた後に時間割表を見ながらさり気に教科書やらプリントの入ったファイルやらを鞄に入れて持ってきておいたのだ。そこら辺には抜かりはない。
「それは知ってるけど、お昼ごはんいいの?」
「昼は、購買かどこかで何か買えばいいよ。」
「え、学校に購買ないじゃん。周辺にコンビニも。」
問題大ありだった。というか周辺にコンビニもないのかリィシアは・・・。
それよりも昼御飯がないのは痛い。さきほどの礼乃の母親や今の成美の発言からして礼乃は昼御飯を自分で作って持って行っているのだろう。それは早起きもしなければならないはずだ。ここで早めに設定された目覚まし時計の意味がわかった。しかしこのままでは昼御飯が確実にない。どうするか。自分ではまず作れない。というかそもそも料理自体そんなにしたことがない。冷蔵庫の中身を適当に持っていくか。しかし、見たところ弁当に詰めていけるほどのものはなかった気がする。
智晴がああやこうや一人でぶつぶつ言っていると
「この所あきちゃん何か変だね。」
「そ、そう?疲れてるだけかもしれないよ。」
鋭いところを突いてきた。普段とかけ離れた行動をすればそう思われても仕方がないのだが。
「疲れてるなら今日は私が作ってあげるよ。」
そう言うと成美は冷蔵庫に向かい中を見ながらおもむろに材料を取り出した。
「サンドウィッチなら作れそうかな。それでいい?」
「う、うん。」
サンドウィッチ、その手があった。これなら短時間で簡単においしいものが出来る。この時初めて成美が頼りになる存在に見えた。
智晴が感動の眼差しを向けている最中で成美はテキパキとパンの耳を落とし中にバターを塗り具を次々とはさみどんどんサンドウィッチを完成させていった。そう、どんどんと。
「・・・・・。」
6枚切り食パン三袋分のサンドウィッチを作り終えた成美はそれを一つ一つ丁寧にラップで包み戸棚に入っていたバスケットに詰めていった。どうやら礼乃邸は勝手知ったる家らしい。
「よし、出来た!」
「わー。」
パチパチパチと智晴が適当そうな声を出し拍手をした。その顔からは先ほどの感動の眼差しは欠片も感じられなかった。誰がこの量を食べるのだろうか。この雰囲気ならばもちろん食べるのは自分しかいないのだが。
「それじゃあ学校に行きますか。」
成美が腕時計を見て時間を確認しながら言った。
「そうだね・・・。」
魔の巣窟に大量の昼ごはんの不安要素も新たに加わり一層ブルーな気持ちに陥った智晴は鞄とさり気無く思いバスケットを片手に玄関へと向かった。
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