玄関で靴を履き靴箱の横にある傘たてから自分の傘を取って外に出る。すると案の定雨がさんさんと降っており息を吸うと湿気が混じった空気が鼻を通った。
「おまたせ」
「おお、早く乗ってくれ」
急かされるまま秀吾の自家用車にお願いします、といいながら乗り込む。運転しているのは秀吾の父親でどうやら出勤ついでに送ってくれているらしい。
「しっかし、忘れんなよな。ミーティングとか重要なもの」
「悪かったって。俺も朝起きてから思い出したんだ」
「まあいいけど。送っていってもらえてラッキーだし」
本来雨が降っている場合学校へは込み合うバスを使うか時間のかかる徒歩というどちらかの面倒極まりない方法しかなく、親に車で送っていってもらうということなどまずありえない。そんな中で行きだけでも車という理想的な登校手段に便乗できたのは運が良かったとしかいえなかった。
「そういえばお前、筋肉痛大丈夫か?」
秀吾が智晴の体をポカポカと叩く。
「痛って!痛えって!」
智晴が体を抱えながら悲鳴をあげる。クシャミをするだけでも悶絶する状態なのに叩かれてしまったら悲鳴もあげたくなる。
「完全に運動不足だな。でもそのうち慣れるさ」
「人事だと思って……」
涙目になりながら秀吾を睨み付ける。
「人事だし。あ、そろそろ着くな」
相変わらず智晴の視線は無視する。
車が校門前で止まるなりドアを開け、すぐさま傘を差した二人は猛ダッシュでミーティングが行われている教室へと駆けていく―――はずだったが筋肉痛の智晴にそんなことできるはずもなく結局二人は早歩きで教室まで行くこととなった。
学校の中に入るとやはり皆の登校時間よりも若干早めの時間帯のため生徒はほとんど見かけられなかった。
そんな数少ない登校している生徒の中に蓮を見つけた。
「明野、ミーティングどうなった?」
秀吾が蓮に声を遠くから声をかけると、
「遅いよ二人ともー、もうとっくに終わっちゃってます!」
腰に手を当てながら不機嫌そうに答える。しかし、不機嫌な様子も童顔である蓮の場合はとても可愛らしく見えた。
「おい、あれ怒ってるの?」
智晴が秀吾に小声で尋ねる。
「俺に聞くな。お前のほうが詳しいだろ」
他人が聞いたらまるでストーカーのように思われるセリフである。
「ちょっと二人とも聞いてるの?」
ずかずかと蓮が二人に歩み寄ってくる。
遠くで見ていると可愛らしいのだが、近づくにごとにいつになく表情が怖くなっていることがはっきりと分かった。
しかし、ミーティングに出なかった程度でここまで怒ることはないと思う。
「ど、どうしてそんなに怒ってるの?」
智晴が意を決したように聞いてみると、
「君たち二人が来なかったせいで生徒会との話し合いに負けちゃったんだよ……」
蓮の怖い表情がみるみる崩れ、段々と泣き顔へと変化していった。
「ちょ、え、泣かないで。何があったのさ?」
なだめながら理由を尋ねる。秀吾からは演劇についてのミーティングと聞いていたのだが今の蓮の話を聞く限りでは生徒会との間で何かを決める話し合いをしていたという異なったもので状況把握が全く出来ないのだ。
「もしかしたら劇が中止になっちゃうかもしれないの」
「はい!?」
蓮から出た驚愕の言葉に智晴が驚きの声をあげる。
「ミーティング中に生徒会の人たちが突然やって来て、文化祭時に舞台を他の学校の催しものに使うかもしれないから使用予約を取り下げるって……」
「ここまで来てんのに今更そんなんありかよ!?いくら生徒会だからって横暴すぎる、今から直談判しに行こうぜ!!」
「待て智晴、頭の固い生徒会に何を言ったところで決まったことはもう覆らないだろう」
智晴とは裏腹に秀吾は至極落ち着いた様子で淡々と推論を述べる。
「じゃあどうする?」
「明野、生徒会は他に何か言ってなかったか?」
秀吾が数秒考えるようにあごに手を当て俯きながら聞く。
「え……?そういえば今日の放課後にその学校が様子見にくるって言ってたかな。学校の名前までは教えてくれなかったけど」
それを聞いて、
「それだ!」
智晴が何かを思いついたのか蓮を指差した。
「何?それって……?」
「簡単なことだよ。生徒会に直談判が無理なら逆に直接その学校と交渉すればいい!」
秀吾が手をポンと鳴らしながら顔を智晴へと向ける。
「なるほど。確かに一番手っ取り早くて一番確実な方法だな」
「だろ。でも裏を返せばチャンスは今日の放課後のみの一発勝負。それまでに計画を練らないとな」
智晴の言葉にさきほどまで泣きそうだった蓮が、
「絶対に勝とうね。相手が誰であろうと私たちは負けるわけにはいかないんだ。ファイト、オー!!」
強い思いを込めながらそう叫んだ。
「じゃあ私、このことを伝えて皆にそれぞれ対応策を考えてもらうようお願いしてくるね」
蓮がそういうとすぐさま二人を残してどこかへ走り去っていった。いつにもまして気合が入っている分逆に心配ではある。
「教室行くか」
「そうだな」
その場に残された二人は話し合いができる場所へと向って歩き始めた。
教室に着くなり二人はあれやこれやと解決策を出し合うがなかなかいい方法が思いつかず結局授業開始時間を迎えてしまった。
しかし、二人は席が近かったため注意されることはあったもののなんとか誤魔化しつつ、一日全ての授業で密かに話し合いを続けていた。携帯も他のメンバーとやりとりをするために使っていたのだがあまりに目に留まったのか2時間目の始めに二人とも取り上げられてしまった。
そして放課後がやってきた。
智晴と秀吾はHRを終えるとすぐに蓮と合流して体育館へと向った。
緊張の中にいるためか誰も口を開かなかったのだが突然、
「実は……どの学校が来るかだいたいの予想はできてるんだ」
秀吾がぽそりと呟く。
「おい、じゃあ何で言わないんだよ。それが分かったらもっと良い案出せたかもしれないだろ」
「確実じゃないものを言ったって意味ないと思ったからな」
「でもでも、私は秀吾君の意見を聞いてみたい」
もったいぶる秀吾の様子に耐えかねたのか蓮が身を乗り出して一歩前に出た。
「そうだな……。これは本当に推測の域を出ないんだが、俺はそれが聖リィシア学院じゃないかと思うんだ」
聖リィシア学院。まさかつい最近まで不可抗力ではあるが通っていた学校の名前が出るとは思いもしなかった。
「何でリィシアになるんだよ!?」
「考えてもみろ、何でこんなぎりぎりになって予定を変更すると思う?いくら生徒会が決定権を持っているからってこれは横暴すぎる。よっぽどここに招いて価値のある学校なんだろうさ」
「そうか……。その条件に当てはまる学校はリィシアしかないってことか」
リィシア学院は月城学園とは比べ物にならない財力とアイドル性を持ち合わせている。智晴たちのような素人集まりの演劇よりもリィシアという名前を出しただけで遥かに人を呼び込むことができるし、うまくいけば援助をしてもらえる可能性だってある。そのことを考えると突発的な生徒会の行動も理解が出来た。
「でも、だからってこんなこと認められるか!」
智晴が拳を手のひらに打ちつけながら言う。
「ああ、そのためにもなんとかしなきゃいけないんだ」
「だけど、まだいいアイディアは出てないんだよね……」
「それなんだが―――」
秀吾が何かを言いかけようとしたときだった。
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