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2008*11*29 Sat
00:13

生徒会の企み

玄関で靴を履き靴箱の横にある傘たてから自分の傘を取って外に出る。すると案の定雨がさんさんと降っており息を吸うと湿気が混じった空気が鼻を通った。
「おまたせ」
「おお、早く乗ってくれ」
急かされるまま秀吾の自家用車にお願いします、といいながら乗り込む。運転しているのは秀吾の父親でどうやら出勤ついでに送ってくれているらしい。
「しっかし、忘れんなよな。ミーティングとか重要なもの」
「悪かったって。俺も朝起きてから思い出したんだ」
「まあいいけど。送っていってもらえてラッキーだし」
本来雨が降っている場合学校へは込み合うバスを使うか時間のかかる徒歩というどちらかの面倒極まりない方法しかなく、親に車で送っていってもらうということなどまずありえない。そんな中で行きだけでも車という理想的な登校手段に便乗できたのは運が良かったとしかいえなかった。
「そういえばお前、筋肉痛大丈夫か?」
秀吾が智晴の体をポカポカと叩く。
「痛って!痛えって!」
智晴が体を抱えながら悲鳴をあげる。クシャミをするだけでも悶絶する状態なのに叩かれてしまったら悲鳴もあげたくなる。
「完全に運動不足だな。でもそのうち慣れるさ」
「人事だと思って……」
涙目になりながら秀吾を睨み付ける。
「人事だし。あ、そろそろ着くな」
相変わらず智晴の視線は無視する。
車が校門前で止まるなりドアを開け、すぐさま傘を差した二人は猛ダッシュでミーティングが行われている教室へと駆けていく―――はずだったが筋肉痛の智晴にそんなことできるはずもなく結局二人は早歩きで教室まで行くこととなった。
学校の中に入るとやはり皆の登校時間よりも若干早めの時間帯のため生徒はほとんど見かけられなかった。
そんな数少ない登校している生徒の中に蓮を見つけた。
「明野、ミーティングどうなった?」
秀吾が蓮に声を遠くから声をかけると、
「遅いよ二人ともー、もうとっくに終わっちゃってます!」
腰に手を当てながら不機嫌そうに答える。しかし、不機嫌な様子も童顔である蓮の場合はとても可愛らしく見えた。
「おい、あれ怒ってるの?」
智晴が秀吾に小声で尋ねる。
「俺に聞くな。お前のほうが詳しいだろ」
他人が聞いたらまるでストーカーのように思われるセリフである。
「ちょっと二人とも聞いてるの?」
ずかずかと蓮が二人に歩み寄ってくる。
遠くで見ていると可愛らしいのだが、近づくにごとにいつになく表情が怖くなっていることがはっきりと分かった。
しかし、ミーティングに出なかった程度でここまで怒ることはないと思う。
「ど、どうしてそんなに怒ってるの?」
智晴が意を決したように聞いてみると、
「君たち二人が来なかったせいで生徒会との話し合いに負けちゃったんだよ……」
蓮の怖い表情がみるみる崩れ、段々と泣き顔へと変化していった。
「ちょ、え、泣かないで。何があったのさ?」
なだめながら理由を尋ねる。秀吾からは演劇についてのミーティングと聞いていたのだが今の蓮の話を聞く限りでは生徒会との間で何かを決める話し合いをしていたという異なったもので状況把握が全く出来ないのだ。
「もしかしたら劇が中止になっちゃうかもしれないの」
「はい!?」
蓮から出た驚愕の言葉に智晴が驚きの声をあげる。
「ミーティング中に生徒会の人たちが突然やって来て、文化祭時に舞台を他の学校の催しものに使うかもしれないから使用予約を取り下げるって……」
「ここまで来てんのに今更そんなんありかよ!?いくら生徒会だからって横暴すぎる、今から直談判しに行こうぜ!!」
「待て智晴、頭の固い生徒会に何を言ったところで決まったことはもう覆らないだろう」
智晴とは裏腹に秀吾は至極落ち着いた様子で淡々と推論を述べる。
「じゃあどうする?」
「明野、生徒会は他に何か言ってなかったか?」
秀吾が数秒考えるようにあごに手を当て俯きながら聞く。
「え……?そういえば今日の放課後にその学校が様子見にくるって言ってたかな。学校の名前までは教えてくれなかったけど」
それを聞いて、
「それだ!」
智晴が何かを思いついたのか蓮を指差した。
「何?それって……?」
「簡単なことだよ。生徒会に直談判が無理なら逆に直接その学校と交渉すればいい!」
秀吾が手をポンと鳴らしながら顔を智晴へと向ける。
「なるほど。確かに一番手っ取り早くて一番確実な方法だな」
「だろ。でも裏を返せばチャンスは今日の放課後のみの一発勝負。それまでに計画を練らないとな」
智晴の言葉にさきほどまで泣きそうだった蓮が、
「絶対に勝とうね。相手が誰であろうと私たちは負けるわけにはいかないんだ。ファイト、オー!!」
強い思いを込めながらそう叫んだ。
「じゃあ私、このことを伝えて皆にそれぞれ対応策を考えてもらうようお願いしてくるね」
蓮がそういうとすぐさま二人を残してどこかへ走り去っていった。いつにもまして気合が入っている分逆に心配ではある。
「教室行くか」
「そうだな」
その場に残された二人は話し合いができる場所へと向って歩き始めた。
教室に着くなり二人はあれやこれやと解決策を出し合うがなかなかいい方法が思いつかず結局授業開始時間を迎えてしまった。
しかし、二人は席が近かったため注意されることはあったもののなんとか誤魔化しつつ、一日全ての授業で密かに話し合いを続けていた。携帯も他のメンバーとやりとりをするために使っていたのだがあまりに目に留まったのか2時間目の始めに二人とも取り上げられてしまった。
そして放課後がやってきた。
智晴と秀吾はHRを終えるとすぐに蓮と合流して体育館へと向った。
緊張の中にいるためか誰も口を開かなかったのだが突然、
「実は……どの学校が来るかだいたいの予想はできてるんだ」
秀吾がぽそりと呟く。
「おい、じゃあ何で言わないんだよ。それが分かったらもっと良い案出せたかもしれないだろ」
「確実じゃないものを言ったって意味ないと思ったからな」
「でもでも、私は秀吾君の意見を聞いてみたい」
もったいぶる秀吾の様子に耐えかねたのか蓮が身を乗り出して一歩前に出た。
「そうだな……。これは本当に推測の域を出ないんだが、俺はそれが聖リィシア学院じゃないかと思うんだ」
聖リィシア学院。まさかつい最近まで不可抗力ではあるが通っていた学校の名前が出るとは思いもしなかった。
「何でリィシアになるんだよ!?」
「考えてもみろ、何でこんなぎりぎりになって予定を変更すると思う?いくら生徒会が決定権を持っているからってこれは横暴すぎる。よっぽどここに招いて価値のある学校なんだろうさ」
「そうか……。その条件に当てはまる学校はリィシアしかないってことか」
リィシア学院は月城学園とは比べ物にならない財力とアイドル性を持ち合わせている。智晴たちのような素人集まりの演劇よりもリィシアという名前を出しただけで遥かに人を呼び込むことができるし、うまくいけば援助をしてもらえる可能性だってある。そのことを考えると突発的な生徒会の行動も理解が出来た。
「でも、だからってこんなこと認められるか!」
智晴が拳を手のひらに打ちつけながら言う。
「ああ、そのためにもなんとかしなきゃいけないんだ」
「だけど、まだいいアイディアは出てないんだよね……」
「それなんだが―――」
秀吾が何かを言いかけようとしたときだった。
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*

2008*11*25 Tue
19:39

筋肉痛と試練と

「それじゃまた明日」
「ああ、今日はサンキュな」
わざわざ家まで送ってくれた秀吾に別れを告げ家に入った。
「ただいま」
「「おかえりー」」
うるさい双子がやってきた。しかし、この出迎えに関してはよくよく考えると3日ぶりなわけである。なかなか新鮮味が―――あるわけがない。
「「わー!!」」
そのままスピードを上げながら二人が自分めがけて飛び込んできた。
「ぐはっ……!」
避けてしまうと二人が後ろにある扉に直撃してしまうと思い、そのままタックルを体を張って受け止めた。疲労している体にこの仕打ちはきつすぎる。
「「わー!!」」
タックルを食らわして満足したのか、そのまま二人は扉の前でぐったりしている自分たちの兄を放ってどこかへと駆けていった。
「待てよ、こら!!」
妹の兄に対する相変わらずの仕打ちに不満を覚えたが、いつもの生活に戻ってこれたということを改めて実感する。
だがいつまでもこんなことをされ続けたら体が持たない。早々に対応策を考えなければいけないだろう。
「あー、もう!」
こんな玄関先で倒れていてもただタイルの冷たさを感じ続けるだけなので取りあえず起き上がりリビングへと向かった。
「おかえり、遅かったのね」
リビングに入るとかあさんがテーブルで料理の雑誌を読んでいた。どうやら妹は自分たちの部屋へ逃げたらしい。
「ご飯は?」
「食べる。けど先に風呂入ってくるよ」
ご飯も食べたいのだが、それよりもいい加減汗でベトベトになったこの体を何とかしたかった。
「じゃあ用意しとくね」
「お願い」
そういうと智晴は自分の部屋へ向かう。
階段を上がり部屋のドアを開けると突然後ろポケットの中に入っていた携帯が振動した。
「ん?メール?」
ドアを閉め、携帯のメールボックスを開き誰から来たのかを確かめるとそこには自分の知らないメールアドレスが表示されていた。
「誰か携帯変えたのかな?」
そう思いメールを開くと、そこには何も書かれてはいなかった。件名もなければ本文もないただのブランクメール。
「誰かのイタズラ?」
まあいいか、と携帯を閉じて風呂に入る用意をするためにタンスから寝巻きセットを取り出そうと椅子をタンスのほうへ向けると―――
「こんばんわ、おにーさん」
「……うわあ!!」
驚きのあまり椅子から転げ落ちてしまう。
「大丈夫?」
智晴が自分に落ち着くように言い聞かせながら声の主の顔を見ると、そこには昼間に出会った本の意識体である少年が苦笑を浮かべながら立っていた。
「な、何で君がここにいるの、というかどうやって部屋に!?」
部屋に入るときは確かに一人だったし、その後部屋に誰か入ってきた音や気配はなかったはずである。
「本がある場所に僕はいるってことだよ」
「え、じゃあまた別の空間にいるの?」
落ちた際に打ち付けた背中をさすりながら再びイスに座る。
「あのときは深唖が近くにいたからね、今回は普通に会いに来たんだ。メールもしたでしょ?それと今日姿を見せたのはおにーさんに忠告をするためなんだ」
さきほどのメールは突然現れても驚かないようにという少年なりの心遣いだったのかもしれない。効果はまったくなかったわけだが。
「忠告?何の?」
「明日、時間は分からないけれど、おにーさんは自分の真実と立ち向かわなければいけない。」
とてもきついものだけれど、と少年は続ける。
自分の見つけた真実。おそらく深唖に悟られたものではなく、今もまだ胸の奥に秘めている真実のことだろう。
「自分に勝つか負けるかはおにーさん次第だよ。でもおにーさんなら大丈夫だと信じてる、頑張ってね」
「それだけ?もうちょっと詳しく―――」
言いかけたとき突然ドアをドンドンと叩く音が部屋に響き咄嗟にドアを振り返る。
「「おにいちゃん!お母さんが早くお風呂に入れってさー!」」
妹の催促する声が二重に聞こえてきた。だが、そこまで一緒に合わせなくてもいいような気がする。
「もうすぐ行くから!」
そう言ってもう一度正面を向くともうすでに少年の姿はなく、代わりに紫色の表紙で飾られた一冊の本が開かれた状態でポツンとそこに落ちていた。
「あれ……何か書いてある」
智晴が本の文字を覗き込む。
『ルールⅤ、我の助けを望むときは我の名を天に叫べ』
「助けってそんな大げさな。というか名前とか知らないんだけど……」
ぼやきながら本を拾い机の上に置く。そしてタンスから必要なものを取り出し風呂に向った。
風呂から出てきた智晴はその後遅めの夕食を食べ再び部屋に戻っていた。
「これってまだ使えるのかな?」
紫色の表紙をした本を目の前で弄ぶような形で眺める。
このようなものは一度使ってしまったら再び使うことは出来ないと物語などでだいたい相場が決まっているのだが、深唖も例の少年もそのようなことは一言も言っていなかった。
言う必要がないために言わなかったのだろうか。
だが何にせよやってみないことには代わりが無い。過去の失敗を恐れていては何事も始まらない、と覚悟を決め筆箱からペンを取り出し説明の載っているページを開いた。
「手順さえ間違わなければ大丈夫なはずだ」
Ⅰ、最初のページに自分の名前を必ず書き込む。
Ⅱ、この本を相手に渡す際、心の中で相手の名前を三回唱えなければならない。
Ⅲ、この本を読ます相手は異性でなければならない。
Ⅳ、この本には決められたこと以外何も書き込んではならない。
もし、上記の内容のルールを破った場合……
この説明を見る限りだとⅠは難なくクリアできるのだがⅡ、Ⅲは明日学校でしか実践することができない。しかもこんなほぼ何も書いていない本を読ませたことに疑問を抱くだろうからその言い訳も考えなければいけなかった。
「とりあえず名前だけ先に書いて今日はもう寝よ」
蓮のことだからどうせ何と説明しても納得してくれるだろうと考え、今日の疲れをとるために床についた。ついこの間まで使っていた秋乃の布団とは大違いで柔らかくなければいい匂いもしない。だがなぜか落ち着いて眠りにつくことが出来た。

翌日、智晴は全身を襲う強烈な痛みを感じ、目覚ましがなる前に目を覚ました。
時計を確認するとどうやら普段起きる時間よりも一時間ほど早く起きてしまったらしい。そう思いながらカーテンのほうへ目をやる。いつも眩しい日差しが漏れ出すカーテンからは全く光が感じられず外からはサァーっという音が聞こえてくる。そのことから今日の天気が雨であるとわかった。
それを確認しながら起きてしまったものはしょうがないと体を起こそうとするが、痛みが走り思うように体を動かすことができない。
「…………」
これは思っていた以上にまずい状態である。
だからといって今日学校を休んでしまうとただでさえ少ない劇の練習時間を無駄に消費してしまうし、本が使えるのかという実験も後回しになってしまう。
「……っ!!」
痛む体に鞭を打ちながらベッドから降り立ち上がる。
「ふう」
なんとか無事に立ちあがり、筋肉をほぐそうと軽く柔軟のように体を動かす。
「痛い」
だが体を動かさないと痛みを和らげられないと昨晩秀吾に言われていたので我慢をしながら体を動かし続ける。
しばらく動かしていると目覚まし時計からやかましい音が響きだした。
そろそろ学校へ行く準備をしなければいけない。
目覚まし時計のスイッチを止めに行くと筋肉痛の痛みが少しだけましになっているような気がした。
もしかすると治るというよりも痛みに慣れただけなのかもしれないという可能性も捨てきれない。
だが痛みが和らいだことに変わりはなく、授業後の練習にはもっと痛みがましになってくれることを祈り、制服に着替え荷物をもちろん「本」も忘れずに持ってリビングへと向った。
リビングでは智晴の母親が朝食をすでに作り終えてテーブルへと運んでいる最中だった。
テーブルを見ると定番の白米と味噌汁、肉野菜炒めや、ミートボール、プチトマトなど弁当を作った際に余った食べ物だろうと思われるものもあった。
「おはよう」
そんな母親を横目にテーブルの端の席に座りながら挨拶をする。
「あら智晴、おはよう。早いのね」
「双子は起きてないの?」
いつも自分よりはやく起きている妹たちが見当たらず、辺りを見回す。
起きていようがいまいが関係ないのだがどこからか不意打ちを食らわされても困るので念のため聞いておく。
「まだ起きてないわ。でも、いつものようにご飯の匂いで起きてくるでしょ」
「ハムスターか、あいつらは」
そんな会話をしながら朝食を摂っていると横に置いていた携帯から着信音が鳴り響いたした。
智晴が箸を止め電話に出ると、
「おう、智晴」
「どうした秀吾?」
「悪い、昨日言い忘れてたんだが今日朝から演劇のミーティングがあるんだ。今家の前にいるんだけど来れるか?」
「お前なあそういうことはちゃんとしろよ……。わかった、すぐに準備する」
秀吾の悪いな、という言葉をもう一度聞いてから電話を切り、目の前の朝食を出来うる限りのスピードで食べ終えようとするが熱い味噌汁などは無理だと悟り完食は諦める。
「もう出なきゃいけなくなったから行くよ」
「はいはい、行ってらっしゃい」
智晴は弁当をもらい、足元にお置いてある鞄を肩に掛けて食卓を後にした。
*

2008*11*22 Sat
23:28

疲労過労苦労

蓮が考えた物語のはイギリスのとある王をモチーフにしたものであり、簡単に言えばその王の即位から崩御までを描いたものになっていた。その中で智晴は最後に王と一騎打ちで戦う謀反を働いた国の元英雄という役を演じるらしい。その元英雄は最後の戦いの場面でしかセリフや大まかな動きがないため一週間弱でもなんとかこなせることができるようにあらかじめ設定がなされていた。
蓮から説明を聞いた智晴はすぐに練習に取り掛かるが、いかんせん最後の一騎打ちという最高の盛り上がる場面に登場してしまうため、練習であっても気を抜いた演技をするわけにはいかなかった。
「きっつ……」
智晴が全身を汗まみれにしながら舞台下の壁にもたれかかっていた。
あまり使わないお腹から出す声でセリフを何度もくり返したり、生活しているなかではまずない剣を使った戦いなどをしながら立ち位置を確認したりと普段の生活の中では考えられないような筋肉の使用率と運動量をほとんど休みなしで5時間ほど続けていたのである。
「ほれ、水飲め」
秀吾が智晴の姿を見て心配したのかミネラルウォーターを持ってきてくれた。
「いつも……こんなキツイ……のか?」
肩で息をしているため言葉が絶え絶えになる。
「俺も昨日から参加したからなんとも言えないが昨日よりはきつめになってるな」
「ってか何で……お前……疲れて……ないんだよ」
恨めしそうな目で秀吾を見やると、鍛え方が違うと即答で返されてしまった。
そういうえば秀吾は中学のときに陸上部に入っていたが故障のため高校での部活動を断念したと言っていた。しかし、中学時代のクセで毎日の運動は欠かさなかったのだろう。
「明日……絶対に筋肉痛だよ……」
「普段から運動してないからだろ」
その言葉に智晴は何も言い返せずにもらった水を口に含みながらむぅ、と唸り声をあげた。
「お疲れ様ー」
すると、そんな二人の元に蓮がタオルで顔の汗を拭きながら三人分の荷物を持って駆け寄ってきた。
「おう明野、サンキュ」
「ありがとう……」
「智晴君死んでるね」
蓮が苦笑いを浮かべる。
「気にしないで……」
こんなみっともない姿は見られたくなかったのだが疲弊しきっていたため仕方ないと諦めることにした。
「今日はこの辺で終わろうと思うんだけど……、大丈夫?」
「大丈夫だろ。こいつなら這ってでも帰るさ」
と秀吾が智晴を指差しながら冗談交じりに言う。
「…………」
智晴が目で何かを訴えるように秀吾を睨んでいたが、
「それよりも明野は大丈夫か?女の子なんだから危ないだろ」
秀吾は智晴の視線を無視して話を進めた。
「ありがとう。私はお母さんが迎えに来てくれるから大丈夫だよ」
「そうか、それなら心配いらないな」
うんうんと頷く。
何故か少しばかりいい雰囲気になりかけているような気がする。
そう感じた智晴は少し回復した体力を使い秀吾の足に出来うる限りの力を込めて蹴りを入れた。
「っ!!」
「……な!?」
全く予想もしていなかった攻撃を膝裏に受けたため秀吾は足をもつれさせ前方へとよろけてしまい、
「きゃっ!」
前にいた蓮に抱きつくような形で体を制止させる羽目になった。
それを見た瞬間智晴の顔が苦虫を噛み潰したような表情へと変化した。
「ご、ごめん!!」
秀吾が後ろに飛び跳ねるように蓮から離れる。
「う、ううん。大丈夫だよ」
蓮は気丈に振舞おうしているが顔は普段見ないほど真っ赤になっていた。
「お前も謝れ!!」
拳を智晴の頭上に振り落とした。
その痛みに若干涙目になりながらも、
「ごめん……」
心底悪そうに伏せがちの顔で謝る。
「いいって、事故だよ事故。じ、じゃあ私そろそろお母さん来ちゃうから行くね」
言葉とは裏腹にやはり動揺を隠し切れないようで逃げるようにその場から立ち去った。
「お、おう。また明日な!」
「また明日……」
「俺たちも帰るぞ!」
そう言うと一人ですたこらと体育館を出て行ってしまった。
「ちょ、待てよ!」
智晴も壁に手を当てながら足に力を入れ立ち上がると転ばないように注意しながら体育館の出口へと向う。
体育館を出るとすでに外は真っ暗闇が広がっており、体育館や学校から漏れ出す明かりで照らされている部分しか辺りの状況を確認できない状態になっていた。
そのため遠くを見つめても秀吾の姿は見当たらなかった。
「失敗したなあ……」
そう毒づきながら髪の毛をかき回すように手を動かす。
しばらく髪の毛をかき回しながら反省していると、
「何やってんの?」
前方の暗闇から自転車を押している秀吾の姿が浮かび上がってきた。
「あれ、着替えに行ったんじゃないの?」
「面倒だからなこのまま帰る。早く帰るぞ」
「ああ、じゃあ自転車取ってくる」
「お前今日自転車乗ってこなかっただろ?」
何かとんでもなく不吉な言葉を聞いてしまった。
どうして自転車が無いのだろう。自分の家から学校までは自転車で通うなら手ごろな距離と時間なのだが歩きとなるとそうはいかない、やはり自転車と比べると天と地との差が出てきてしまうのである。加えてこの体の状態では本当に這って帰る羽目になるかもしれない。それよりも自転車で通学してこなかった秋乃を恨めしく思う。
「ったく、しょうがねえなあ。後ろ乗れよ」
「いいのか!?」
絶望の中にいた智晴にとって今の秀吾は舞い降りた天使、だと気持ち悪いので一筋の光程度にしておこう。だが本当にありがたい。
「今回だけだからな。男と二人乗りなんて気持ち悪いぞ」
智晴が後ろに乗るのを確認すると行くぞ、という掛け声と共にペダルをこぎ始めた。
「あー、あのさ秀―――」
「しっかし、本当にお前は人の好意を無駄にするよなあ」
「は?」
言いかけた言葉を遮られて投げかけられたものは全く意味の理解できない言葉だった。
「演劇に誘えば曖昧な返事しかしないし、いい雰囲気を振ってやろうと思ったら邪魔するし」
ここまで聞いても本当に意味が分からなかった。どういうことかと聞いてみるが、はあーっと大きくため息をつかれてしまう。
「お前なあ……本当に鈍感だな」
「な、失礼な!」
「俺は一応、応援してやってるんですけどね」
「…………」
ぽかんとしたまま何も言えずただ風を感じていた。どうして秀吾がそんなことを言うのだろうか。いや、それよりも何に対しての応援なのだろう。
「お前が明野を好きってことぐらい態度で一目瞭然だぞ」
「…………!?」
絶句した。一人例外はいたものの、他には気づかれてはいないと高をくくっていたが、まさか秀吾にばれているとは思いもしなかった。しかも一目瞭然と来ている。まさか蓮にもバレているのではないかと緊張が全身を駆け巡った。
「でも明野も大概鈍感だから、気づいてないだろうな」
それを聞いてほっとしたがそれと同時に意識されていないように感じ虚しい気分にもなる。
「ま、ちょくちょく協力してやるからさ、とりあえずこのチャンスを生かせよ。」
「ああ、ありがとう」
「礼なんて気持ち悪いな。それよりもうすぐ着くぞ」
喋ることに集中していたのもあるがどの道前は見えないと思い気にしていなかったが辺りの風景を見ると学校から家までの距離をもすでに半分以上も進んでいた。
「お前、漕ぐの早いな」
「全力で漕がないと倒れそうだからな」
「悪かったよ―――」
謝りながら秀吾の肩越しに前を見やると前方の電信柱の陰に誰かがこっちを向いて立っているのがおぼろげながらに目に入った。
「な、なあ秀吾?」
「何だよ?」
「あの電信柱の陰……何かいないか?」
智晴が電信柱の方角に向って指をさす。
「何もいないぞ。え……何、お前見える人だったの?」
「いや、違うけどさ。あれ……?」
自転車が電信柱の横を通り抜けるがそこには誰も見当たらなかった。
確かに誰かがこちらを向いて立っていたはずなのだが、気のせいだったのだろうか。
「驚かせんなよな」
「おや、もしかして苦手なんでか?」
茶化しながら肩を突くとうるさい、と言葉が返ってくる。
その後も家に着くまで他愛のない話しをしながら街を自転車で走り抜けた。
*

2008*11*19 Wed
22:40

演劇(1)

一応予想通りの6時間目直前に学校に着いたもののなかなかそこから足を踏み入れる決心がつかず校門の前をうろうろしていたら警備員の人に捕まりそのまま警備室へ連れて行かれた。そこでとにかく自分は不審者ではないことを必死に説明しようと学生証を見せたり自分のIDナンバーなどを教えたが、なかなか信じてもらえず学校に確認をとられるはめになってしまった。そしてその間に校門の前をうろうろしていた理由を尋ねられた。理由は適当にでっちあげたが学校からの連絡が遅く結局1時間ほど警備員室で待機する羽目になってしまったのだ。
「なんか何もしてないのに疲れた……」
重い足取りで体育館へと向うとすでに稽古が始まっているのか複数のよく通った声が中から聞こえてきた。ひょこっと中を覗いてみると十人ちょっとの生徒たちが舞台の上で通し稽古をしたり照明やBGMを合わせたり、隅のほうで小道具や衣装を準備している姿が目に入ってきた。
「へえ、皆頑張ってるんだな」
と関心をしていると、
「今からお前もその仲間に入るんだぞ」
後ろから肩を掴まれそのまま押される形で体育館の中に入れられた。
「な、ちょ、おい!」
体育館に入る決心がまだなかったため中の様子を覗いていたのである。なのにもかかわらず無理やり中に入れられ、しかもそこにいる生徒全員の視線を一同に集めてしまうはめになった。
「明野、智晴が来たぞ!」
智晴の肩をつかんでいる人物が舞台上の明野蓮に呼びかけ、
「え、ほんとに!?」
という声と共に蓮がこちらに駆け寄ってきた。
「おい、後ろのやつどういうつもりだよ……」
後ろの人物は声を聞いたときに誰か分かっていた。間違いなく後ろにいるのは親友、新居秀吾だろう。だがここはあえて名前を呼ばず殺気をこめた声で聞き返した。
「お前がなかなか入らないから後押ししてやったんじゃないか」
「僕にだって心の準備が―――」
「智晴君来てくれたんだ!」
「い、いや、うん、まあ。」
心の準備が出来ていなかったためか返答もしどろもどろになってしまった。
秀吾恨むぞ。
「これで全員そろって練習できるね!」
蓮は嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら言うと、後ろを振り返り、
「皆、紹介するね。奈槻智晴君です!!」
体育館にいる全員へと智晴を紹介した。
「奈槻智晴です。遅れてすみませんでした」
智晴も自己紹介をし、遅刻したことを謝罪すると、ところどころから気にするなとか体は大丈夫かなどの励ましの言葉が飛んできた。おそらく今日の早退を秀吾が皆に伝えたのだろう。
「おや、普段諦めの早いお前がやる気になるなんて珍しいな」
後ろから小さな声で嫌味とも取れない冗談が投げかけられると、
「ここまで来たら諦めるしかないんじゃないですか?」
と苦笑いを浮かべた。
「それじゃあこっちに来て、皆を紹介するね」
蓮に手で招かれながら舞台の前まで行くと回りにいた生徒たちが集まってきて一人一人智晴に自己紹介をし始める。自己紹介を聞いていると三年生から一年生までおり蓮の顔の広さを実感することになった。しかし、一番驚いたことが今回有志の出し物だからといっても演劇部員くらいいると思っていたのだが演劇部員どころか演劇に携わってった事のある生徒すらいないことだった。
そんなメンバーで演劇などできるのか不安になったが、
「確かに皆素人だけど頑張れば何とかなるよ!結果よりやることに意味があると思うんだ」
確かにたった三年間の短い高校生活である。何か楽しい思い出を残しておきたいというのは皆同じ気持ちなのだろう。だからこうやって蓮に集まったのか。
「よし、皆練習再開しよう!!」
蓮が良く通る声で皆に呼びかけると周りからおー!!と元気のいい声と共にそれぞれの役割へと戻っていった。
「智晴君には今から詳しいことを説明するね」
「うん」
「じゃあこっちに来てくれ」
秀吾と蓮に連れられていったのは舞台裏の待合空間だった。普段そこには合唱のときの台や校旗、何に使用するか分からないような道具など多数のものが置かれているはずなのだがそれらはすでにそこにはなく、代わりに机やイス、鏡やロッカーといったものが設置され待合空間はすでに一つの部室となっているようである。舞台裏の待合空間は反対側にもあるのだが見たところそちらもすでに部室と化しているようである。
「そういえばお前着替えか体操着か何か持ってきてるか?」
「あ、そういやないな……。まあ制服だけ脱いでTシャツでやるよ」
「そうか。それじゃあこれを見てくれ」
広げられた資料には何人かの人物像と人物説明が書かれており、
「聞いたことのない物語だな」
その上にこの物語のタイトルが書かれていた。
「あ、これ私が考えた物語なの」
「まじで!?」
まさか脚本から何からすべて蓮が考えているとは、一体いつからこのために計画をしていたのだろうか。
「すごいだろ。俺も最初話を聞いたとき耳を疑ったんだぞ」
「確かに。僕、明野にこんな才能があるなんて知らなかったよ」
「そ、そうかな」
智晴と秀吾の褒め言葉に対し、蓮が恥ずかしそうに俯きながら指をもじもじさせていた。
その姿を見た智晴は演技することは置いておいて、ここに来てよかったと内心でよろこんでいた。
「じ、じゃあ智晴君の役の説明をするね」
蓮がまだ恥ずかしそうなうれしそうな表情をしながら微笑を浮かべる。
智晴は自分の中に激しく渦巻く悶絶しそうな気持ちを必死に抑えながら、
「あ、ああ」
と絞り出すような声で返答する。
「どうしたんだ、智晴?」
智晴の声にニヤニヤと茶化すような笑顔を向ける。
智晴は顔を少し赤らめながら、
「ど、どうもしない!」
と、腕を組みそっぽを向く。
「二人とも仲良いんだね」
クスクスと笑いながら蓮が二人のやり取りを眺めていた。
「そんなことよりも明野、早く説明を。時間ないんだろ?」
「う、うん。じゃあ改めて、順を追って説明するね」
と、蓮がこの劇と智晴の役どころについて説明し始めた。
*

2008*11*16 Sun
22:57

蓮の頼みごと

「一時はどうなるかと思ったけどな」
「だね。それで後は本を燃やすだけ?」
「それなんだけど……」
提示された条件はどれも単純なものであったが二人揃っていないとできないものだったが最後の一つはただ本を燃やすだけという一人でも可能で最も単純な条件のはずなのだが智晴はそれについて何か考えがあるのか渋るように口をにごらせた。
「本を燃やすのはなしにしないか?」
「え、どうして!?」
提示された条件を満たせば元に戻れるということなのにもかかわらず智晴はその一つを無視するというのだ。
さすがに秋乃もこれには驚いたのか智晴の服の端を引っ張りながら大きな声をあげた。
服が伸びると言い秋乃の手を自分の服から離すと、
「そもそも最後の条件には矛盾が生じるんだ」
「どういうこと?」
「だって、三つの条件を満たせば元に戻れるはずなのに僕らは二つの条件を満たしただけで元に戻っているんだよ、これはどうにもおかしい。おそらく証拠隠滅か、被害の拡大を防ぐためか、どちらにせよこの本を残しておきたくないのは事実だろうね」
その言葉を聞いて秋乃もなるほど、と納得をするがどうにも引っかかる点があった。条件に違和感を感じるならどうしてもっと早くに言わなかったのか。それと深唖を疑ってはいたものの元に戻るための条件については何もおかしいと思っていなかったはずなのになぜこんなにも早く心変わりしたのか。
だがそれは簡単なことだった、
「さっきなにかあった?」
その秋乃の言葉にさきほどの妙な夢の空間のことについてだと思い、
「そう。意識がなくなる寸前にあの男の子に言われたんだよ。桐生深唖を信じるなって」
そう説明をした。
だがそんなことを言わなくてもあの会話は秋乃も聞いているはずなので果たして説明した意味があったのかと考えたがそれは違った。
「男の……子?」
秋乃が眉をひそめ何を言っているのかが分からないといった表情をした。
「え、あの空間にいた子だよ。秋乃も見ただろ?困惑したような顔してたし」
「私男の子なんて見てないよ。それに困惑してたのはキミが一人で勝手に喋ってたからだよ」
「じゃあ何で気を失ってたの?」
「突然キミの体が傾いてそれを支えようとしたらキミの重みで一緒に倒れちゃってたぶん頭打ったんだと思う。今でもずきずきするし。それなのにキミは痛いところに二回もチョップしてくるから最低だよね……」
だから痛そうにしていたのかと小さな謎は解けた。しかし今新たに発生した謎については全くわからないままだった。
どうしてあの子は智晴の前だけに現れ意味深な言葉を残して消えていったのか。もしかしてまだ何か問題が起こる可能性が残っているとでも言うのだろうか。
(それはないか)
「ん?どしたの?」
難しい顔をしていたのだろうか秋乃がこちらの顔を覗き込んできた。
「いや、なんでもないよ。とにかく本は燃やさないで持っておくことにするよ。まだなにか隠されているかもしれないしね」
智晴は照れ隠しをするように目線をあさっての方向へ向け多少早口で答えた。
秋乃のに恋愛感情はないもののとにかく美人顔なのだ。そんな美人にいきなり顔を近づけられたらドキドキしてしまうのは当たり前である。
秋乃が不思議そうな顔をしながら顔を遠ざけ、
「キミが決めたのならそれでいいと思うよ」
胸の前でピースサインを作ってにかっと笑顔を浮かべる。
「じゃあ、当分は様子見ってことで。でも深唖を見つけたら報告よろしく」
智晴が右手を差し出し、
「了解だよ」
秋乃がそれを握り上下にゆっくりと動かした。
そして二人が手を離すと、
「よっし、そんじゃあ片付けも一通り終わってるし、問題も大体解決したことだし帰りますかね」
後ろのポケットから携帯を取り出し時間を確認しようとした。
だが携帯が違うことに気づき秋乃の鞄の中に入っている自分の携帯と取り替えて自分の持っている携帯を秋乃に手渡した。
そして再び携帯で時間を確認すると学校ではちょうど5時間目に差し掛かったころだった。もう一度学校へ行くことも考えたが、今から行ったところで6時間目に間に合う程度のことなのでもう直接家に帰ることにした。
「あ、そうそう」
「なに?」
「今からでも学校に戻ったほうがいいよ」
「はあ……?なんでさ?」
家に帰って久しぶりにゆっくりする気満々でいた智晴には鬱陶しいことこの上ない言葉だった。
「ほら蓮ちゃんの頼み事残ってるし」
「…………」
あまりにも慌ただしかった今日の出来事で蓮の頼みごとは完全に頭から消えていたのだが今の言葉で「智晴君には役者をやってもらおうと思うんだけど」「いいよ。任せて」という昨日の嫌なやり取りの内容を思い出してしまった。そのとたん額と背中に冷や汗がにじみ出てきたのを感じ取った。
「ほら、頑張って行ってきなよ。もしかしたら蓮ちゃんに気に入られちゃうかも?」
激励されたところで気が重いことに変わりはない。だが行かなければ高感度が下がってしまうのは目に見えている。詰まるところ智晴に選択肢はないということだった。
「わかった……行ってくる」
秋乃の言葉に少し希望を感じながらもやはり気は進まずとぼとぼと本と鞄を両手に持ち部屋を出て行った。
その後ろ姿を見ながら、
「私もそろそろ準備しないとだね」
秋乃が軽く腰の辺りでガッツポーズを作って気合を入れていた。
*

2008*11*15 Sat
22:59

解除完了

「……あれ?」
智晴が目を開けると部屋の景色が全て真横に映し出された。呪文を唱えたときまでは確かに立っていたのだがいつのまにか横になって倒れていたらしい。
倒れたときにぶつけたのか肩が痛い。だがその痛みのおかげで意識がはっきりとしてきて、耳を澄ましてみると外から車の走る音や人の話す声、鳥のさえずりなどが耳に届いて来た。どうやら無事に元の空間に戻ってこれたらしい。
それを確認すると体を起こして腕をのばしてノビをした。
「んー、ん?」
しかし、そこでなぜか最近までの高い声とは違い低い声が自分の耳に聞こえてきた。そしてそれに伴い自分の体を足下から順に眺めてみた。
「んん!?」
先ほどまでの相違点を挙げるとするならば、まず服装が違う、手や足が大きい、目線が高いなどが挙げられる。
ここまで違っているならば自分にどのようなことが起こったか大体把握できるが一応念のために部屋に置いてある姿見(全身を映すための鏡)で自身の姿を確認した。
「ははっ……」
目の前の鏡に映し出されているのはまぎれもない奈槻智晴本人の姿だった。
「そうだ、秋乃は?」
自分の姿を確認することを優先しすぎて秋乃のことをすっかり忘れていた。
部屋を見渡してみるとそれらしい姿は見当たらなかった。
「ん?」
しかし、智晴の目線の左端で何かがもぞっと動く瞬間を見たような気がした。
それを確かめるべく視線を左へと向けるとそこのはベッドがあり、布団がきれいに敷かれているのだが一部やけに膨らんでいるところがあった。
そしてベッドへと近づき勢いよく掛け布団を捲ってみると気持ちよさそうに寝ている秋乃がそこにいた。
「なんでベッド?」
智晴がまだ秋乃だったときは確かに机の前に立っていたのだが、どうして秋乃は今ベッドの中で丸まっているのだろうか。謎である。
とりあえず秋乃を起こすことにして、
「おーい、朝ですよー」
と体をゆさゆさと揺すってみた。
すると、
「んー、あと……」
眠たそうな物言いで秋乃がゆっくりと口を開いた。
このあとの言葉は予想できた。まだ眠いときに起こされるとどうしても無駄だと分かっている抵抗をしてしまうものだ。
そして、秋乃の抵抗の言葉が続くと、
「あと五時間……」
「寝すぎじゃー!!」
思わずベッドで気持ちよく眠っている少女の頭にチョップを入れた。
しかしながら予想を遥かに超えた時間である。あと五分というのならば常識の範囲内だがまさか分単位ではなく時間単位で言ってくるとは思いもしなかった。
「ふあ……?」
「起きた?」
すると秋乃は上半身をゆっくりと起こし、まだ完全に開くことができない瞳を眠たそうに擦りながら、
「痛い……」
と、全く痛くもかゆくもなさそうな無表情でそう呟いた。
そして目を擦る手を止めると再度瞼を閉じゆっくりと体を倒しかけた。
だが智晴もそれをただ見ているだけで何もしないはずもなく、さっきよりも多少強めのチョップをもう一度頭にたたき落とした。
すると、今度は痛みをはっきりと感じたのか頭を摩りながら、
「もう、起きましたぁ……」
と、まだ眠たそうにぼやいた。
「なあ、何でベッドで寝てるの?」
「えー、あれなんでだろうー?」
智晴の質問に返答を返すことは返すのだが秋乃のテンションはいまいちおかしかい。
「まだ寝る?」
すかさず胸の前でチョップの構えをすると、
「はい、すいません。ホントに起きました!」
と、目を完全に開き敬礼をするように頭の上に手を添えた。だがそれは一見攻撃を防ぐための防御にも見えなくはなかった。そこまで強くしたつもりはなかったのだが慣れないことで痛かったのだろう。
「で、何で君だけベッドで寝てるの?二人とも机の前で倒れてたはずなのに」
「またか……」
「また?」
秋乃が奇妙なことを言う。まさか必ずベッドで寝るという習性でもあるのだろうか。
「いやー、なんか寝てるとき起き出して歩き回ってるらしくてさ」
「夢遊病じゃねえか!!」
手の動作を入れたツッコミを放った。
「えへへ」
秋乃が照れ臭そうに笑う。褒めているわけではないのだが何を勘違いしたのだろう。
「あれ…キミ…」
秋乃が何かに気付いたように智晴を指差した。
「ようやく気付いた?そう―――」
「顔にカーペットの跡付いてる」
ぷぷぷと笑いを堪えながら横に顔を逸らした。
「いや、そこじゃねえだろ!!」
「やだなあ、冗談だよ冗談」
と言いつつも未だに顔は笑いを堪えている表情だった。
そんなに変な跡はさっき鏡を見たときには確認できなかった。それともこれはただ単におちょくられているだけなのだろうか。それともまだ頭が寝ているのかもしれない。
だがそんな智晴の考えとは裏腹に
「私たち元に戻ることができたんだね」
静かに、とても落ち着いた口調で言った。
*

2008*11*13 Thu
22:52

本の意識体

「よし、じゃあせーのでいくよ」
「オーケー」
智晴と秋乃の二人が薄紫色の本が置かれた机の前に並んで立っていた。
本来ならその机の上には教科書やノート、貯金箱やティッシュ箱などが置かれており机の中にも椅子がしまわれているはずなのだがそれらはすでに撤去されており今は薄紫色の本のみが机の上にぽつんと置かれているという状態だった。
二人は、秋乃の部屋の中にいた。
深唖から元に戻るための説明を聞いた後、他にも何か本について別の情報を持っていると考えた二人はそれについて問い詰めようとしたがその刹那突然突風に見舞われた。そして二人が再び前を向くとそこにはすでに深唖の姿は見当たらなかった。つまりは逃げられたのである。それに落胆しつつもとりあえず頼まれたごみ捨てを終え、急いで家に帰ってきたのだった。
そして深唖から聞いた方法を試そうと今の状況に至る。
「「せーの!!」」
智晴と秋乃の手が同時に本に向かって振り下ろされた。
深唖が元に戻るにあたって示した条件は3つ。一つ目は二人がそろって解除法を行うこと。二つ目は教えられた呪文を本に手を置いた状態で唱えること。そして三つ目は解除法を終えた後にこの本を跡形もなく燃やすこと、だった。
「「姿なき汝に願う。我らの声を聞き今より契約の解除を求む!!」」
二人が本に手を置いた状態で同時に呪文を叫んだ。
「…………」
「…………」
しかし何も起きず、ただこみ上げてくる恥ずかしさと部屋の中にキーンという耳障りな音が響いているだけだった。
間違いなく言われたとおりの呪文を正確に唱えたはずなのだが何も起きる気配が感じられない。
だが智晴はそのとき耳障りな音に違和感を覚えた。
この耳障りな音は真夜中の町が寝静まったときに聞こえてくる音とよく似ていた。
つまり、“周りからの音が完全に消えている”のである。平日の昼間にこのような状況になるわけがない。普通ならば外から車が走る音や工事をしている音、ましてや近所の人の話し声まで聞こえてくるときもある。しかし、聞こえてくるのは自分の心音と互いの呼吸音だけだった。
この異様な状況に秋乃も気づいたのか不安そうに顔をしかめていた。
そんな秋乃に声をかけようと喉を震わせたが、
「…………!?」
声が出ない。喉は確かに振動して空気を吐き出しているなずなのだが自分の耳に声は届かなかった。もしかすると耳が聞こえていないのかと思いもしたのだが秋乃の息使いが聞こえているためその可能性はないと判断した。
そのとき後ろから誰かに袖を引っ張られた感覚があった。
恐る恐る後ろを振り向いてみると、
「…………?」
そこには誰もいなかった。
(下だよ?)
突然頭の中に声が響いた。
そしてその言葉に従うように智晴は視線を下に向けた。
「…………!!」
黒髪で目がくりくりとした可愛らしい子供が一人こちらを見上げながら佇んでいた。男の子だろうか、中性的な顔立ちをしているため判断が難しい。一体どこからこの部屋に入ってきたのだろうか。
(頑張って試練を乗り越えたんだね)
再び頭の中に声が響き渡る。どうやらさっき頭の中で響いた声もこの子のものだったようだ。
(君は……?)
言葉を発することが出来ないため頭の中で言葉を発してみた。
すると、
(ぼくはこの空間の主でもあり今君が所持している本の意識体ってとこかな)
と、問いに対する答えが返ってきた。今いる空間では頭で考えていることが相手にも伝わるらしいらしい。ということはおそらくこの会話は同じ空間にいる秋乃にも伝わっているだろう。しかしこの男の子が本の本体とは驚きである。
そんな智晴の驚きに、
(先に言っておくけど、なんでそんな意識体が存在できているのかっていうのは、ここが夢で作られた空間だからだよ)
と、親切にも補足を加えてくれた。
(それで、この空間に来たってことぼくとの契約を切りにきたんでしょ?)
(うん……そうだよ)
(こんな結果になっちゃって、ごめんね)
男の子は済まなさそうな顔をして智晴に謝った。
だがその言葉に智晴は、
(いいや、貴重な体験ができたよ。ありがとう)
と言い、その後に少しスリリングすぎたけどね、と付け加えた。
それを聞くと目の前の男の子はびっくりしたように目を少し大きく広げた。
(以外だな、お礼を言われるなんて。とっとと契約を解除しろって怒るかと思った)
(そんなことしないよ。今回は僕が悪かっただけで君に非はないだろう?)
(おにーさん優しいんだね。だったらこれからも大丈夫だ)
(え?どういうこと?)
智晴がそう聞くと、んーんなんでもないよと笑顔で男の子は首を振った。
そして何かに気づいたようにあさっての方角を見ながら、
(あ、そろそろ時間かも)
そう呟いた。
(おにーさんと話せてよかったよ。またいつか)
男の子がそう言うと智晴の視界がぐらっと揺れ動いた。眩暈のようでそうではない感覚、あまり気持ちの良いものではない。そして、意識が途切れる寸前、智晴は男の子の最後の言葉を耳にしたような気がした。
*

2008*11*12 Wed
21:44

智晴の仮説

「ですがそれ以降は家には監視役を置いていませんのでご心配なさらずに」
「そういう問題じゃねえ!!」
果たして、もうほんとうに何度目かになる怒りとも似つかないツッコミを放つ。
そんな智晴を愉快そうに見ながら、
「何はともあれおめでとうございます」
成美はそう笑顔で言った。
「は?」
「はい?」
智晴と秋乃がその言葉の意味を理解できず疑問を口にした。
「お二人とも見事に真実を見つけられましたね」
「どういうことだ?」
「これで元に戻れるということですよ」
「いや、そうじゃなくって!」
秋乃はともかく智晴はまだ真実を見つけるに至っていないはずである。それなのになぜ試練を乗り越えることができると言えるのか。
「お二人とも4日目での解決はすばらしいですね。奈槻様のほうが少し早かったようですが」
「俺はまだ何も見つけちゃいないぞ」
「いえ、そんなことはありません。バスの中で仰っていたではないですか」
「バスの中……」
深唖はバスの中で真実を見つけていたという。しかしバスの中で考えていたことはこの状態、つまりは心が入れ替わってしまっている状態についての単なる仮説だけである。それが如何にして自分の真実になりうるのだろうか。
「あなたがどう思おうとあなたの仮説は十分真実になりうるものだと判断されました」
「誰が判断するんだよ……?」
「本です」
深唖は淡々と当たり前のことを言っているかのように話す。
「あのとき本は学校に持っていってなかったんだけど?」
智晴の言葉に、ああと一言で頷き、
「それは本とあなた方がリンクしているからです」
そう意味深な言葉を告げた。
「意味がわからん……」
智晴がげっそりしながら秋乃に助けを求めるように目を向けた。
だが秋乃もこっちに振るなといった感じで首を横に振るだけだった。
「それを説明してしまうと難しい話になってしまうので一言で言い表すならば―――」
「魔法、だから?」
「はい、そうです」
智晴の問いに満足げな表情で頷いた。
そして笑顔のまま、
「それではいろいろ解決もしたことですし元に戻る方法をお伝えしましょう」
二人にとって最も重要な事柄を軽い口調で言った。
「…………」
「…………」
深唖が重要な事柄をあまりにも軽く言ったため二人は何を言っているのか一瞬理解ができず口を開くことができなかった。
「お二人ともどうかしましたか?」
「どうって、そんな重要なことをいきなり言わないでください!!そもそも何も解決していないし!!」
智晴に負けるとも劣らない迫力で秋乃がツッコミを入れた。
「まだ何か他に聞きたいことが?」
「大ありよ!」
「答えることに関しては構わないのですが、果たしてそれに意味があるのかどうか」
「それはこっちが決めることです」
「なるほど、一理あります」
深唖が顎に手を当て何か考え込むようにして顔を俯けた。
すると自問自答をしながら何度か頷いたと思うと再び正面を向き、
「わかりました。では時間もないことですし一問一答形式という形でお答えしましょう」
「分かりました、それで妥協しましょう」
秋乃が不満げに口を尖らせながらそう言った。
「ではどうぞ」
「どうして成美に成り代わっていたんですか?」
「そのほうが都合が良かったからです」
「じゃあもしあなたのことがすぐ私にばれたら?」
「そのときはローザに後を任せることになっていました」
「……だったら彼の監視にあなたが回ったんですか?」
「私が近くにいたほうがより現状を維持できると考えたからです」
その後も秋乃と深唖の一問一答がしばらく続いた後、
「あのー、ちょっといいか?」
黙って聞いていた智晴が二人の会話に口を挟んだ。
そこで話し合いが途切れ
「何?」
「何でしょう?」
話し込んでいたわりにすぐに反応した二人はほぼ同時のタイミングで智晴のほうへと顔を向けた。
「もうそろそろ話を元に戻してもらいたいのだけれど……」
二人から出ている異様な雰囲気のためか智晴は申し訳なさそうな姿勢になっていた。
「そうね、まだ聞きたいことはあるのだけれど。まあいいわ」
秋乃の言葉を聞くとすぐに深唖が元に戻るための方法の説明を始めた。
*

2008*11*11 Tue
23:15

石杖成美

「ありがとうね」
秋乃が気の済むまで泣いた後、感動の余韻も虚しく三人はリビングの凄惨な状況で現実へと引き戻されることとなった。
そもそもこんな状態の場所であんなやり取りを続けていたほうが不思議だったのだ。そして三人は仕事を分担しリビングの片付けを初めていた。そんなときに秋乃がぽそっと呟いたのである。
「何だよ改まって。だぁ!取れんぞこの汚れ!!」
床についた煤と格闘しながら智晴が悲鳴とも似つかない声を上げる。
「私だけだったらこんな風にはならなかったかなって思って」
「んー、確かにあのままだったらただ状況を悪化させただけだったかもな」
床を拭く手を止め思い返すように顎に指を当てた。
「あ、でもなにか考えがあったんだろ?」
そういえばそのようなことを言っていたのを思い出した。
「あー。えーっと、あれね……?」
何故かバツの悪そうな顔をした。考えていたことを話すだけのはずであり別に言いにくいことではないはずだった。
「実は何も考えてなかったりして……」
「とんでもないな!!」
もしあのまま見守り続けていたらどんな展開になっていたか想像したくない気がする。本当に二人の間に割って入ってよかったと思った。
「あなたたち喋っているのならゴミを出してきてくださいな」
秋乃母が両手に持ちきれないほどのゴミ袋をかかえてやってきた。どうやら被害は電子レンジだけでは済まなかったようで他の電気製品の残骸も袋の中に見て取れた。
「それじゃあ行ってきます」
秋乃と智晴が両手に重いゴミ袋を両手に抱えるような形で外に出た。

「そういえばさ」
突然智晴が思いついたように口を開いた。
「え、何?」
「おばさんだけでいいのか?おじさんにも言ったほうがいいんじゃない?」
そういうと秋乃が少し困ったように笑い
「うちお父さんとお母さん離婚してるから」
「え……」
智晴の顔に驚愕と信じられないという感情が入り混じって表れた。
「もう結構前のことになるかな。でも気にしなくていいよ」
「つまり“父親は家にいない”ってことなんだよな」
智晴の声が震えだした。確かに秋乃の父親は二日前の朝にこの目で確認したし会話もした。だが秋乃の口からは離婚をして家にはいないという言葉を聴いた。しかし、あれは紛れも無い本物の人間だった。とりあえず幽霊や妖怪といった類のものではないと確信できる。ではあれは一体誰なのか?
そして、離婚をしているというのなら母親の態度にもおかしいところがある。なぜいるはずのない夫を目の前にして普通に振舞っていたのか。
「あっきちゃーん!!」
「ぐはあ!!」
後ろから何か激しい衝撃が与えられ思考をしていて無防備だった智晴は何の抵抗も出来ずにそのまま前のめりに倒れた。
幸いぶつかった衝撃でゴミ袋が前方へ飛んでしまっていたため破損した電化製品の上に乗ってしまうことだけは回避できた。だがあちこちに擦り傷は出来てしまった。
「いいかげんにしろよ……成美」
自分の上に乗っている人物を確認しなくとも声と行動で誰がぶつかってきたのかが瞬時に判断できた。
「ごめんごめん、大丈夫?」
すまなさそうに笑いながら成美が智晴の上からどく。
すると秋乃が苦笑いを浮かべながら倒れている智晴へと手を差し出した。
「あの子誰?」
「ん?誰って?」
智晴が秋乃の手を借りながら立ち上がると首を傾げた。
「キミあの子のこと成美って呼んでたよね?」
秋乃の声が低くなり鋭い眼光で成美を見やった。
「それがどうした?」
「あの子見たことないんだけど」
そう口にしたとき場の雰囲気が一気に異質のものへと変わったような気がした。そもそも成美と秋乃は友達のはずである。それなのにどうして見たことがないなどと言うのだろうか。
「私は石杖成美ですよ?」
前方にいる人物から問いに対しての答えが返ってきた。しかし、その口調や声は先ほどよりも大人びたものに変わっており、さらに含みのある笑いが混じっているような感じがした。智晴が恐る恐る成美のほうへと目を向けると右手で目を隠すように前髪を垂らし口を三日月形に曲げながらクスクスと笑っていた。
「いいこと教えてあげる」
秋乃に先ほどよりも緊張が走っているということが声を聞くだけではっきりと伝わってきた。
そして、強くはっきりと
「石杖成美は聖リィシア学園に“いるはずのない存在”なのよ」
そう告げた。
「……っ!!」
戦慄が走った。
では今まで接してきた石杖成美は誰だったのか。
答えは一つしかないそれは―――
「お前、桐生深唖……か?」
「はい、正解です。素顔を見せるのは初めてでしたよね」
二人をからかうかのようにぱちぱちと手を打ち合い拍手をする。
深唖の拍手を無視し、
「なんのために正体を偽って彼についていたんですか?」
秋乃が睨むような視線を向けて言った。
「もちろん監視のためです」
深唖は平然と言い放った。
「監視って……」
秋乃が言いよどむ。
そんな秋乃の態度を良くわからないといった顔をし、
「それは当然です。全く何も分からない環境での行動は単に周りを不審にさせるだけですから。アフターケアというやつです」
「私にも監視をつけていたんですか?」
「もちろんです。ですがあなたの場合は学校だけですよ」
その言葉に智晴が口を挟んだ。
「待て、ということは家にいた秋乃の両親は―――」
「気づかれましたか、そうです、あの二人も監視役です。あ、あとローザも監視役の一人に当たります」
その言葉に智晴は絶句し、
「完全にプライバシーの侵害だ……」
そういい捨てた。
*

2008*11*10 Mon
21:04

秋乃の真実

そういうと秋乃は立ち上がり智晴を手で自分の後ろへと下がらせた。どうやらこれ以上智晴をこの喧嘩に介入させる気はないらしい。
「さっきの続きですが」
「……ええ」
笑顔の秋乃に対し秋乃の母親は徐々に顔に怒りが見え始めてきた。見ず知らずの人間に挑発まがいの発言をされ続けているのだから当然のことである。
「家に帰ってこない人間には話したいことがあっても話せませんよね」
「それはあなたには関係のないことでしょう。それについては秋乃さんも了承済みです。そうでしょう」
そういうと秋乃の母親は確認を取るため智晴に目をやった。
しかし智晴は肯定すべきか否定すべきかの回答を持っていないためどちらの反応もすることができなかった。だがそれを見た秋乃母の表情は徐々に困惑のものへと変わっていった。
「関係はありますよ。今は僕があなたの代わりですから」
「私だって秋乃さんのために頑張っているんですよ!!」
秋乃母はとうとう感情が抑えられなくなったのか先ほどまでとは売って変わって大声で反論をしてきた。
「それは自分のエゴだと思います。自分の考えや理想を他人に押し付けないでください」
秋乃も徐々に感情が高まってきているのか両手を強く握り締めており、目つきも始めのころと比べ相手を睨み付けるような目線になっていた。
「あなたに何がわかるんですか?家族でもないくせに!」
「分かります!!」
「一体何が分かるって―――」
「ストップ!!」
突然秋乃の後ろにいた智晴が二人の間に入り怒鳴り合いを止めた。
ここにきて二人に干渉をしたのは秋乃に何か考えがあるにせよこの状態が続く限りでは事が進まず本当にただの言い合いの喧嘩で終わってしまうような気がしたためである。
「二人とも少し落ち着いたほうが思考も回るんじゃないですか?」
「な……、黙っててって言ったでしょ!!」
「だから黙ってただろ。でもここまでだ、今からは僕も干渉させてもらう」
強烈に睨み付けてくる秋乃をよそに今度は秋乃母の方へと向い直った。
「今まで言い合って何か思うことはありましたか?」
「秋乃さんにいろいろと聞きたいことができましたよ……」
「それについては後でゆっくりとお聞きします、まずはこちらの質問に答えてもらえたらうれしいです」
智晴がやれやれといった表情を微かに伺わせながら言った。
「……分かりました」
秋乃母は少々不満があるらしく眉をひそませたが少し落ち着いたのか先ほどの激高ぶりはなくなり落ち着いた表情になっていた。
「勝手なことしないでよ!!」
秋乃が智晴の二の腕を掴み再び自分の後ろに下げようとする。しかし今度はわざわざ下がってやる必要もないため踏ん張りを利かせてその場にとどまった。
だがそれでも前に出ようとする秋乃を掴まれた腕を振りほどきながら今度は逆に智晴が手で制した。
「そっちもな、何か考えがあるっていってもちょっとやりすぎ。それにさっきも言ったけどここからは僕も加わらせてもらう」
親子間のいざこざは普段生活している中では日常茶飯事であるため手馴れている、そのためこの場を穏便に解決させるのはもちろんのこと、秋乃の思い描いた通りに事を進められことにも自身があった。
そう、この時点ですでに智晴には秋乃が何をしたいかが明白に分かっていた。そして秋乃が言う彼女なりの真実の答えも。だから智晴はあえて二人に干渉したのである。
「聞かせてもらってもいいでしょうか?」
再び体を正面に向かせ相手の目を見ながら尋ねた。
「そうですね、確かに私は自分の考えだけを秋乃さんに押してつけていたのかもしれません。ですがそれでも私は秋乃さんのことを第一に考えています」
「どういうことですか?」
「もう覚えていないかもしれませんがあなたが幼いころ大きな病にかかったんです。でもそのとき何もできずただ見ているだけの自分が悔しくてしかたなかった……。だから私が医者になって、もしあなたが前と同じようなことになっても今度はきっと私が治してあげられる。そう考えていました」
秋乃母の職業は医者だった。おそらく大病院か救命センター辺りに勤務しているのだろう。
それならば普段から家にいないことにも説明がつく。患者はいつやってくるかわからないのだ、きっと今朝も急患が入って連絡が来たのだろう。
「でもそれは間違いだったのかもしれませんね。自分が満足しているだけで本人にはいつも辛い思いをさせていたんですから……」
秋乃の母は智晴から目を逸らし片腕を抱きながら唇を噛んでいた。
「ほら、何か言うことは?」
智晴が後ろにいる秋乃に声をかけた。
「え……?」
智晴の行動に疑問を持ったのか秋乃母が首を傾げた。
「秋乃はこっちですよ」
自分の後ろにいる男を指差しながら言った。
まさか今まで見ず知らずの人物とではなく実の娘と言い合っていたという事実を告げられたことに驚きを隠せないのか今までに見ない困惑した表情をしていた。
「このリビングの状況は置いておくんですが、今回少し秋乃から頼まれごとをしまして」
「頼まれごとですか?」
「ええ、自分の本音をぶつけたいから協力してくれって」
そう、今まで押さえつけていた自らの本音という真実をしっかりと親へと伝えること、これが秋乃の導き出した真実の回答だった。
「それで特殊メイクを知り合いに頼んで僕たち二人に施してもらったんです」
特殊メイク。智晴が誰かに二人の状態がばれそうになったときに使おうとしていた手段の一つである。特殊メイクなど普段見慣れているはずがないためもし怪しまれたとしても言い訳をするのは容易いと考えていたのだ。そしてそれを咄嗟の判断で思い出したのだった。
「でも、こんな方法つかわずに直接言ってくれれば―――」
「誰だって言いたくても言えないことはありますよ」
何故か智晴は明後日の方向を向きながら引きつった笑顔を浮かべていた。
「お母さん。きついこと言ってごめんなさい!!」
そんな智晴を差し置いて秋乃が深々と頭を下げながら謝った。
「でも私の気持ちは伝わりましたか?」
そしてゆっくり頭を上げた。その顔からは涙がこぼれていた。
「ええ、確かに伝わったわ。私のほうこそ今まで辛い思いをさせてしまってごめんなさい」
そういうと秋乃の母も涙を流しながら秋乃にゆっくりと近づき、その体を優しく抱きしめた。
「お母さん……」
秋乃の声は完全に涙声に掠れ、今までの辛さを清算しているかのように大粒の涙を流しながら泣き始めた。
*

2008*11*09 Sun
09:19

喧嘩と真実(ヒロインの名前が不評だったので漢字を変えました)

「う……」
家の中に入ると思わず鼻を袖で覆った。さきほど爆発のせいで焦げ臭いにおいが家中に充満しているのだ。
とりあえず玄関で靴を脱ぎ足音を立てないよう慎重に先ほど人の気配があったリビングへと向った。
リビングへと向うとより一層焦げ臭いにおいが強くなったため爆発元は間違いなくここだと確信した。
だがそのままリビングに入ることは危険だと判断し、壁に背中をつけながらガラス扉越しに中を伺った。
煙のせいで扉が曇り明確に中の様子を確認することは出来ないが誰かが忙しく動いていることは視認できた。だが何か物色しているわけではなく、下に散らばったものをテーブルの上に乗せたり床を拭いたりと泥棒とはかけ離れた行動をとっている。
「もしかして……」
智晴が思い切ってガラス扉を開けてリビングに入るとドア越しでは見えなかった“誰か”をはっきりと確認することができた。
「何やってんの秋乃?」
自分の前を漂う煙りを手振りながら飛ばし、ため息まじりの声で智晴は目の前で忙しく動いている学生服姿の男に声をかけた。
「へ?」
「へ?じゃなくてさ」
床に飛び散っている黒い何かを踏まないように避けながら智晴はゆっくりと秋乃のいるキッチンへと歩みを進めた。
近づいてみると秋乃の顔は所々ケチャップや黒い墨がついたように汚れていた。自分の汚れた顔を見るのは多少悲しいものがある。
「泥棒かと思ったぞ」
「私鍵持ってるからさ、そういうときもあるある」
と秋乃は明後日の方角を見ながら引きつった笑顔を浮かべた。
「鍵ね……」
確かに秋乃ならば冬馬邸の鍵を持っているだろう。しかし、今の今までその発想を持つことが無かった自分が恨めしい。
しかしそんなことよりも他にやることがあるため話しを前に進めた。
「で、重要な話し合いをする前にまずこの状況を教えてもらえるでしょうか?」
「えーっと……」
秋乃はあまり言いたくなさげに言葉を詰まらせたがだんまりを決め込むことができないことに負け今までから現在までに起こったことを語り始めた。

「料理をしてた……?」
「うん、そう」
「…………」
驚愕の事実を聞いてしまった。
普通、料理をしたところでは火事などはあってもこのような爆発はまず起きないはずである。
智晴がちらっとキッチンを見やると鍋の周りが吹きこぼしたのか悲惨なことになっており、また電子レンジの中が焦げており扉が外れていた。
見る限りでは電子レンジが爆発元だと想像できた。
「何でレンジが爆発したの……?」
レンジが爆発するということについては一つの理由しか思い付かないのだがそんなベタな展開はそうそうないと考えた矢先
「え?ゆで卵作ろうと思って」
「ベタベタだな、おい!!つか普通に知っとけよ!!」
未だにゆで卵を電子レンジで作ろうと思う人がいるとは、いやきちんとした方法でなら電子レンジでもゆで卵は作れる。
だが秋乃は間違いなく生卵をそのままレンジに放り込んだに違いない。
「だって料理なんて全くしないし!」
秋乃は頬を軽く膨らませながら腕を組んで少し逆切れをした。漫画の表現でいうならばプリプリ怒ったというのが正しいだろう。
「その姿でプリプリ怒るな、気持ち悪いよ!!つか料理できないなのかよ!!」
今日は間違いなく突っ込み祭りの日であるだろう。普段の生活ではここまで突っ込めるネタはないだろう。
「だってお昼食べてないんだよ!お腹空くじゃんか!」
「まあ、そうだけどさ!って、あれ料理出来ない?」
突っ込み終わり気持ちが落ちついたとき今日何度目かの違和感を感じた。
「そうだよ、文句ある?」
秋乃がイスにどかっと座りながら言った。
「え?でもさ……」
智晴が違和感を口にしようとしたときだった。
秋乃の顔が急にあーあやっちゃったという表情に変わった。
すると背後でガチャと扉が開いた音が聞こえ瞬間ドサッと荷物が落ちた音が聞こえた。
智晴が恐る恐る後ろを振り返ってみるとそこには秋乃の母親が蒼白の表情でこちらを見ながら立ちすくんでいた。
「…………」
「…………」
「…………」
しばらく三人の間で沈黙が流れていたが事態を飲み込んだのかようやく秋乃の母親が口を開いた。
「秋乃さん?これは一体―――」
「僕に料理を作ってくれようとしてくれただけですよ」
母親の言葉を遮り秋乃が思ってもないことを笑顔言った。さっき自分で食べるためと言ったくせに。
「どういうことですか秋乃さん?」
見ず知らずの男(秋乃)の態度の悪さに少し機嫌を悪くしたのか
「え、えーっと……」
何をどう説明すればいいのか咄嗟に思い付くはずもなく智晴は頬を掻きながら口ごもった。
「僕ら付き合ってますからね」
「はい!?」
素っ頓狂な声を上げて秋乃のほうへ凄い勢いで首を向けた。とんでもない一言である。というより全く質問の答えになっていない。
だが一体秋乃は話しをややこしくしてどうしようというのだろうか。
「秋乃さん、そんなこと聞いていませんよ」
秋乃の母親の眼光が鋭くなった。
「そりゃあ言わないでしょう。いや、言えないか」
秋乃は母親の怒りをわざと煽るような言い方をする。
そんな言い方をしていると確実に事態はややこしいを通り越して悪い方向に進んでいくだろう。
「おい、どういうつもりだよ?」
智晴がたまらず秋乃に近づき秋乃の母親に聞こえないように小さなトーンで聞いた。
「キミは黙ってて。これは私の喧嘩だから」
秋乃も智晴と同じくらいのトーンで返答をしたが前を向いたままだった。その表情は真剣そのものである。
「…………」
智晴は目が点になり苦笑いを浮かべた。いつの間に目的が喧嘩になったのだろう。
「大丈夫、ちゃんと考えてるから」
「…………」
この状況での考えはきっとろくでもないことだろう。
*
本日のオタク名言
何を信じてるかって?
自分を信じるしかないよね

Charlotte

by 西森柚咲
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雨宮 翼

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