昔々、あるところにヘンゼルとグレーテルという兄妹がおりました。
彼らは父親と、父親の再婚相手の継母と四人で暮らしていました。
しかし、連れ子の二人を嫌う継母は、もっともらしい理由をつけてヘンゼルとグレーテルを家から追い出したのでした。
継母に連れてこられたのは木漏れ日も差し込まない森の中。
「かなり省いての説明だけど、大体あってるわね」
「え、誰と話してるの?グレーテル?」
「気のせいよヘンゼル。それよりあなたも気をつけなさい。油断してると悪い魔女に食べられるわ」
「ねえ、そんな核心のようなこと言わないほうがいいよ…」
家から追い出されたにしては、妙に落ち着いている二人。というよりませている。グレーテル特に!
おっと失敬。お話を続けましょう。
二人が落ち着いているのもわけがあります。
そう、朝食に出されたパンを――
「一応、家からここまでの道標に継母の髪の毛をちょっとずつ置いといたわ」
「さりげなくエグいよ、グレーテル…。夜ハサミ持ち歩いてたのそのためだったのか…。っていうか、追い出されたのそれが原因じゃ……」
ヘンゼルは、昨晩グレーテルがハサミを持ち歩いてニヤついていたことを思い出します。
それに、来た道を振り返ると、確かに黒い何かが点々と落ちていますね。
まるで、呪いの儀式か何かのようでした。
若干引き気味のヘンゼルをよそに、
「こんなところで油打ってても話が進まないわ。とにかく北に歩きましょう」
「え、何で北?」
「取り敢えず北って言っとくのが、相場で決まってるのよ」
ピシャッと有無を言わせない言葉で、話を進めるグレーでした。
結局、北と言ってみたグレーテルも、コンパスなしでどちらが北が分かるわけもなく、適当に真っ直ぐ歩くのでした。
しかし、継母に森の奥へ置き去りにされても帰り道を確保している今、どうしてまた森の奥に足を進めるのでしょう。
「そういうお話だからよ」
気を遣って下さってありがとうございます。
「ねえ、グレーテル……。誰と会話してるのって……」
「あなたは知らなくてもいいことよヘンゼル。でも歩き続けて疲れたわ。こんなとき車があれば便利なのに」
「クルマ? クルマって?」
「わたしは少し古いけれど、ランドローバーが好きだわ。あのスクエアなフォルムがいいわね。四輪駆動で、山路も走れるし」
「ねえ、グレーテル、クルマって?!」
質問をし続けるヘンゼルを完璧に無視して、グレーテルはぶつぶつ呟く。
この時代にクルマは存在感しないというのに。
「使用ワードだからよ」
本当、気を遣って下さってありがとうございます。
辛うじて会話にならない会話を幾度も繰り返していると、突然誰かに手入れをされたと思わしき開けた場所に出ました。
そこには、暗く怖い森の中に似合わないメルヘンチックな家。
そう、お菓子の家が現れたのです。
「すごいよグレーテル! お菓子で作られた家だよ!」
夢のような光景にはしゃぐヘンゼルは、全力疾走でお菓子の家に駆け寄りました。
「ほんと子供なんだから……」
兄ヘンゼルの姿にため息をつくグレーテルでしたが、ちゃっかり早歩きになっていました。
子供はお菓子大好きですね。
「うわあ…」
「すごいわ…」
お菓子の家を眼前に据えた二人は感嘆の言葉を漏らします。
それもそのはず、窓は飴、ドアはチョコレート、レンガは一枚一枚全てクッキーで作られているのです。
外見もさながら、窓から中を覗くと、家具などもお菓子で作られていました。
お腹が空いていたヘンゼルはついつい、レンガのクッキーを一枚パクリ。
「美味しい! 美味しいよ! グレーテルも食べてみてよ!」
そう勧められると、そこは子供。
グレーテルも躊躇いつつ、レンガのクッキーでパクリ。
「これだけ空気に晒されているにも関わらず、湿気っていない。加えて外はサクサク、中はしっとりとバランス感覚を考えられて作られている――」
何だか評論家のような感想でした。
本当に子供なんでしょうかね…。
「中に入ってみようよ!」
「駄目よ。こういう展開は大体悪いことへのフラグが立つのよ」
「フラグが分からないけど…。じゃあどうするの?中に入りたいよ」
「駄目。人間保身も大切よ。どうしてもっていうなら、外側だけ全部食べて丸裸にした後、中も食べるといいわ」
「それなら安心だね! 頑張って食べ――」
「ちょっとお嬢ちゃんたち、私の家消滅作戦みたいな黒い話しはしないで!」
勢いよくチョコレートの扉を開いて現れたのは、紫色のローブを着て、腰まである長さの杖を持った若い女性でした。彼女が誰だか一目瞭然でしょう。
「魔女よヘンゼル。胡散臭い、かなり胡散臭い魔女よ」
「そうだね、グレーテル。かなり胡散臭い魔女だね」
そんなはっきりと…。子供って容赦ないですね。
魔女も悲しそうな顔をしていますよ。
「ちょっとヘンゼル。耳かして」
おやおや、二人がひそひそ話を始めましたね。
しかも、ちらちら魔女を見ながら。子どものひそひそ話って大人は案外傷つくんですよね。
「毒を食らわば皿まで、よ」
「ちょっとお嬢ちゃん、毒って私のことかな? ……まあ、いいわ。早くお入りなさい。美味しいお菓子とお茶をご馳走してあげる。家食べられたらシャレにならないし」
「ここは誘いに乗ってあげるわ。じゃないと話しも進まないし」
「まだ悪い魔女だって決まってないでしょお嬢ちゃん! それに、何? 台本とかあるの? あなた達!」
台本とかはないけれど、元になってるお話はありますね。
おっと、三人がお菓子の家に入って行きましたよ。
お菓子の家の中は、先ほど見た通り、床から家具まで、全てお菓子で作られていました。
ただ唯一、釜戸の横に鉄の大きな釜が置いてあります。一体何に使うものなのでしょう?
「食べられるわ!」
「食べないわよ! どこの怪奇種族よ!」
グレーテルの叫びに間髪いれずにツッコミを入れる胡散――、いえ、普通の魔女。
それよりもヘンゼルが釜を覗き込んでますよ。
「グレーテル、ちょっと来て! 釜の中に何か入ってるよ!」
「面白いものかしら?」
「昨日、熱湯入れ替えたからそんなことないはずよ!」
ヘンゼルの声に反応した魔女真っ先に釜へ近づき、中を覗き込みました。
「ただ、煮えたぎってるだけじゃ――はっ……!」
背後からただならぬ殺気を感じた魔女。
しかし、時すでに遅し。
ヘンゼルとグレーテルの手が、魔女の背中を優しく押していました。
「やられる前にやれ、よ」
魔女の体はスローモーションのように釜へと落下していきます。
「ギャー!! 熱っつ! ちょ、助け……!」
熱さで悶え苦しむ魔女にグレーテルが一言言いました。
「か、勘違いしないでよね! 別に世界平和のためにやったんじゃないんだからね! ただ、わたしがお菓子を食べたくてやっただけなんだから!」
それが、グレーテル最初のツンデレでした。
「誰がツンデレろって言ったーーーーーーーーーー!!!! 急展開すぎるわよ!! 残虐すぎるわーーーーーー!!!」
「ねえ、ツンデレって?」
無情にも無知なヘンゼルは魔女に聞き返します。まあ、それどころじゃないんですけどね。
と、まあ、その後ヘンゼルとグレーテルはお菓子の家を満足するまで食べ、家に帰って行きましたとさ。
めでたし、めでたし。
「全然めでたくないわよ! 私登場する意味ないじゃない!! 登場し損だわーー!! っていうか助けなさい! トロトロに溶ける!」
熱湯に浸かっているのに随分余裕があること。
じゃあこうしましょう。
その後魔女の行方を知る者はいなかった。
はい、めでたし、めでたし。
「作者の陰謀だわーーーーーーーーーーーー!!!」
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